短期集中連載「起業は巡る」。第3シーズンに登場するのは、新たな技術で日本の改革を目指す若者たち。第1回はAIで電力の需要と供給を予測する「デジタルグリッド」社長の豊田祐介氏だ。AERA 2022年2月21日号の記事の2回目。
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豊田が最後の望みを託したのが、投資ファンドのWiLと三菱商事。どちらもビジネスプランに理解を示してくれていた。ただ、すでにかなりの借金を抱えており、ネットベンチャーに投資するのとはわけが違う。WiL代表の伊佐山元は、この案件を聞いた時をこう振り返る。
「随分でかい不良債権が転がり込んできたなと。ただ、事業そのものの社会的な意義は小さくない」
19年は台風の被害が相次いだ。10月に関東から東北にかけて甚大な被害をもたらした19号が代表的だが、9月にも15号が関東を襲った。その15号が千葉市付近に上陸した9日はWiLとの最終交渉の日。首都圏の鉄道は朝から計画運休に入った。
「リスケ(リスケジュール=延期)しようか」
担当者からの電話に豊田は青ざめた。
「それだけは勘弁してください」
その土壇場を救ったのが、豊田が社長になる半年前に入社した高橋航だった。東大の大学院で核融合を研究。データ分析に関心があったため17年にソフトバンクに入った。だが上司に「今度はこれをやってくれ」と言われると「あなたがやれば」と思ってしまう高橋は、まるで大企業に向いていなかった。
「これくらい作れます」
転職サイトでデジタルグリッドの求人を見つけた高橋は、丸の内のオフィスで阿部の話を聞いた。面白いと思ったが、一方でソフトもハードも開発がまるで進んでいないことに驚いた。
「大丈夫なのか」と尋ねると「もうすぐ20億円くらい調達するらしいから資金はある」と言われた。職場体験のつもりで開発部門に顔を出すと、全員が夜の10時過ぎまで設計に没頭していた。
「ここなら自由にやれそうだ」。