とはいえ、このようなときこそ冷静さを失わないべきでもある。プーチンという絶対悪を前に世界中が連帯した、その状況を喜ぶ声もある。しかしロシア人全体を「敵」認定することには意味がない。海外では映画祭からのロシア作品締め出しが報じられている。国内でもロシア料理店へ嫌がらせが相次いでいる。そのような動きは戒めるべきだ。独裁打倒のためには、むしろロシア市民との連帯が必要なはずである。
報道にも同じ距離感が求められる。プーチンを悪魔化すれば話は単純になるが、理解は深まらない。プーチンは20年以上にわたり権力の頂点にあり、開戦までは国民の支持も得ていた。その彼がなぜ被害妄想ともいえる警戒感を募らせ、不合理な侵略に乗り出したのか。地政学的な戦略論だけでなく、帝政期やソ連時代まで遡(さかのぼ)る歴史的な理解が求められる。ロシアは隣国であり大国である。「頭おかしい」で済ますことのできる存在ではない。日本ではロシアとウクライナについての情報があまりに少なく偏ってきた。この戦争を機に変わるべきだ。
友と敵の分割は話を単純にするが、偏見を生み出すものでもある。ウクライナと連帯しつつも、現実の複雑さを忘れないようにしたい。
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2022年3月21日号