ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「男社会と味覚」について。
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「食べ物が不味い」。そんな不名誉なレッテルを貼られ続けているイギリスに、合計7年ほど住んでいた私ですが、正直そこまでイギリスの食事事情をひどいと思ったことはありません。無論、子供時代は家族といっしょだったため、家では母の作る料理を食べていましたし、20代で独り暮らしをしていた際も、それなりの食生活を送れていました。外食産業も、日本ほどの選択肢はないものの、空腹を満たし楽しく会食をするには何の不自由もないというのが私の印象です。
とは言え、味覚の繊細さや、食への熱量という点では、やはり日本人はずば抜けて「グルメ」です。日本人ほど四六時中「食べること」に心を砕き躍らせている人種はいないでしょう。ランチの値段にボリューム、夕飯や弁当の献立、国産食材に無農薬、調味料にご飯のお供、盛り付け皿にキッチン便利グッズに至るまで、とにかく口を開けば、テレビを付ければ「食! 食! 食!」です。正直、付いて行けません。機嫌が悪い時など、「能書き垂れてないで、黙って食え!」と叫びたくなることも。
私の味覚は、平均的な日本人のそれを遥かに下回る鈍感さです。グルメな友人たちは、私のことを「味覚音痴」とか「馬鹿舌」などと呼びますが、他人が「美味しい」と思うものも、「美味しくない」と思うものも、押しなべて「美味しい」と感じることのできる「幸せ舌」の持ち主だと自負しています。
特に日本人は、身体的・精神的・経済的な成長以上に「味覚の発達」こそが「大人の証し」みたいなところがあります。確かに「サビ抜きで寿司を食べられるようになったら……」的な「食における登竜門」は昔から数多く存在しますが、それにしても、です。幼稚園児みたいな汚い字を書いて、ろくに敬語も使えない割に、「どこぞの肉は熟成度が違う」だの「ワインは何年ものに限る」だの「あそこのラーメンはクソだ」などと偉そうに薀蓄を並べて悦に入っている男のなんと多いこと!「男なら何でも美味しそうに黙ってカッ喰らえ!」と思ってしまうのは、私が古風で味覚音痴だからでしょうか。