北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表
北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

 それでも私は彼女たちを「被害者」とは捉えなかった。何らかの事情があってこの業界に入った女性たちなのだと、深く考えることもなく、もちろん「事情」をたずねることもなく、毎月何十人と「輩出」する「新人」女性たちの裸の写真を整理し、彼女たちの裸体を、男の欲望の枠組みの定型に当てはまるように「表現」することが、エロ本編集者の仕事だった。

 そんなふうに「淡々」と振る舞えたのは、その数年前から「セックスワーク論」が日本にも紹介されはじめていたことも大きい。性産業で働いている人を支援の対象として見るのではなく、仕事を主体的に選んだ女性、自らの身体を性的に行使する女性と見るべきだという、セックス=ワークという考えが「新しいフェミニズム」のように紹介された頃である。私は編集という仕事をする、彼女たちは性の表現の仕事をしている、その関係に加害も被害もない……そんなふうに私は考えを整理していた。

 何より、私は仕事を楽しんでもいた。編集部には同世代の女性が多くいて、毎日、女友だちに会いに行くような感覚で出勤していた。しかもAV産業の潤いぶりは、一介のアルバイトにもかなりきらめいて見えていた。ただのアルバイトだというのに、社員旅行で海外に連れていってもらったこともある。ちょうど、紙媒体がデジタルに移行しようとしている時で、編集部には一番高いグレードのAppleコンピューターがドンッと導入されていた。仕事のできないアルバイトでも、十分なお給料をもらえていた。そう、女優たちがいない「現場」の空気は、明るく、軽く、かなり潤っていた。「被害」があるかもしれないなんてこと、私には全く想像ができなかった。たぶん、誰にも見えていなかった。

 それでもあの編集部での仕事は、女として生きていると見えない世界があることを強く思い知る体験になった。この国では考えられないほどの数のAVが毎日毎日毎日つくられていること。AV女優として「商品化」されていく女性たちが溢れるように毎日毎日毎日「つくられている」こと。「女性の裸」で暮らしている人々が無数にいること。裏産業というには、あまりにも巨大な産業であること。そしてこの産業は、より過激に、より若い女を、より美人な女を、より胸の大きな女を……とありとあらゆる欲望を膨らませ走らせることでしか生きられない、激しい競争社会であるということ。

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被害者がいるという事実に衝撃を受けた