収録されている言葉も含蓄に富み、絵や自身の生活についての限られた話題が主であるのに、多くの人生に響くものだ。

「心がざわめいていると、風景は印象的なものになる。その風景を描くことで、人は自分の気分を視覚化できる」

「人間の運命は、惑星のようだ。暗闇から現れる星のようだ」

 美しい言葉だ。美しくて、鋭い。こうした言葉は、ムンクが自身の人生の中のある局面、あるいは作品制作の意図について語ったものだ。それぞれの出来事や行為自体は直接私たちとは何の関係もない、いわば個別的なものである。しかしそれ故に私たちの心に迫ってくる。ムンクは自分の心を深く掘り下げながら描き、内奥の本質に至った結果、普遍性を獲得した。

 ひとつの風景画は、現実にその景色を見たことがない人にもノスタルジアを呼び起こす。それは描かれているものが、たとえ実景を写したものであったにしても、単なる自然のコピーではなく、時々の画家の心境や観念を的確に織り込んだ、血肉の通った想いの姿をとっているからだ。人物画はモデルの個別の姿でありながら、思春期の少女の不安や青年の自負と困苦の象徴となり、あるいは助け合う家族の、老いて孤独な者の、それぞれの精神の姿を、見知らぬものにも伝える。

 ここにあるのは絵の解説ではない。だが、描くことの精神、いきることの本質にふれるかのような言葉の補助線を得て、ムンクの絵は、いっそう力強く私たちの心に迫ってくるだろう。

週刊朝日  2022年6月17日号