写真家・越沼玲子さんの作品展「自然のなかで、息をする」が7月10日から入江泰吉記念奈良市写真美術館で開催される。越沼さんに聞いた。
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写真展が開催される入江泰吉記念奈良市写真美術館は、大勢の観光客が訪れる奈良公園のすぐ隣にある。
美術館の一角に立つと、背後に丸みを帯びたこんもりとした山が見える。そこが越沼さんの作品の舞台の一つ、「春日山原始林」だ。
春日山は春日大社の神山として1000年以上前から木々の伐採が禁じられてきた。そのため、常緑広葉樹のカシやシイを主体とした鬱蒼(うっそう)とした森が広がる。
■畏怖の念を覚えるような森
4年前、越沼さんは奈良公園を訪れ、春日大社から山へ向かう道をふらっと散歩気分で歩いた。
「森の中は荘厳な感じだった。ちょっと怖いというか、畏怖の念を覚えるような古い木がたくさんあった」
そう語りながら、思い浮かべたのは茨城県常陸太田市にある実家周辺の「やわらかな感じの山」だ。
「もちろん、鋭さとか、厳しさを感じるときもあるんですけれど、茨城には野山という感じの山が多い。それに比べて、奈良の原始林は長い年月を感じた」
暗い原始林の中を登っていくと、「自然の息づかいや根元的な生きる力みたいなものが強く伝わってきた」。
途中から引き返した際、谷沿いの旧柳生街道(滝坂の道)を下っていくと、古くからの石畳や石窟、石仏があちこちに残っていた。
「鳥居のような神道的なものもあれば、仏教的なものもあった。さまざまな信仰が混じっているような道だった。もちろん、原始林にも魅了されたんですけれど、自然と調和し、次第にそのなかに埋もれていくものにも引かれて、ここを撮ってみたい、と思ったんです」
■ほとんど誰にも会わないです
春日山原始林に通い始めると、さまざまな動物と出合い、レンズを向けた。
この森に住むシカは警戒心が強く、人の姿を見つけると、鳴き声を上げた。人慣れした奈良公園のシカとまるで違った。
シカの食害を防ぐために設けられた柵の下を通り抜け、山と畑を行き来するタヌキ。アナグマやムササビ、リスもいた。
「いろいろな動物がいますね。シカもそうなんですけれど、動物は夕方から夜とか、早朝の薄暗い時間に顔を出すことが多い」