これを読むと、感染拡大中でも政府がGo To トラベルに固執する理由がわかる。中井治郎『観光は滅びない』の副題は「99・9%減からの復活が京都からはじまる」。コロナ禍で一度は死んだ観光業の将来を京都を例に模索した本である。

 観光業はいまや、全世界のGDPの10・3%に当たる8兆9千億ドルを占め、全雇用者の約10%に当たる3億3千万人が従事する世界の一大産業だ(数字は2019年)。もはや観光なしではやっていけない世界経済。半面、観光は市民生活や文化を破壊する事態を招く。それがオーバーツーリズム。「もう観光客はたくさんだ!」。怒りの声はまずヴェネツィア、アムステルダム、バルセロナなどヨーロッパの古都であがった。

 日本も例外ではない。インバウンド観光は人口減少時代の「成長戦略の柱」「地方創生の切り札」と位置づけられ、03年に520万人程度だった訪日外国人数は19年には3188万人に激増。20年には4千万人という強気の数値目標を掲げていた。だが京都の寺は観光客の喧騒があふれ、ヤミ民泊や芸舞妓への迷惑行為が横行。「このままでは街が観光客に乗っ取られる」という悲鳴があがっていた。

 近年の経済が観光にどれほど依存していたかを思い知らされる。政府がGo To トラベル事業に前のめりなのも「観光が倒れると、この国も倒れる」という危機感の表れなのだ。

 が、アクセルとブレーキを同時に踏むようなGo To トラベルの前倒し強行は迷走だったと著者はいう。コロナ禍を機に目指すべきは観光業の「回復」ではなく「やりなおし」だと。

 オーバーツーリズムは市民と観光客が対立する構造から生じる。インバウンド観光は「観光は迷惑」という印象を与え、関係者は「このままでは観光が地域の嫌われ者にされてしまう」という危惧を抱いていた。大量生産・大量消費のマスツーリズムからどう脱却するか。問題は金だけじゃないのである。

週刊朝日  2020年12月11日号