落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「野菜」。
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最近、街を歩いていると矢鱈と目に入るのが『逆さネギコーデ』。上は白いシャツやブラウス、下が真緑のスカートやパンツ。「ひっくり返したネギ」を一日に何人も見かけるので、寄席の楽屋で前座さんに聞くと「緑は今年の流行りなんですよ」と教えてくれた。私は野菜のネギが好きなので、街で見かけると、「1本、2本……」と収穫気分。ラジオのアルバイト女子が『逆ネギ』だったので、「それ、いいネギだね!」と褒めたら「ネギですか……」と機嫌を損ねてしまった。「ネギで不足か?」「だって地味ですよね、ネギって」「ネギは煮てよし、焼いてよし、炒めてよし、薬味にして尚よし! 生だとあんなにツーンとくるのに、火を通すと甘くなって色んな表情を見せてくれるんだ! オレはネギが好きでmixiのプロフィールにも『好きな食べ物 ネギ』って書いてるくらいなんだから!」と訴えると、ネギ娘は「はぁ、『ミクシィ』って何ですか?」と聞き返してきた。もういいです。オレだって10年以上開いてないけどね、mixi。
「青菜」という夏の落語がある。大家の旦那が酒の肴に「菜はおあがりか?」と植木屋さんに勧める。何の『菜』かは言わずに、ただ『菜』。そしてタイトルは『青菜』。「これは一体、なんの菜?」と楽屋で議論になったことがある。ほうれん草と小松菜が一番それらしいが「旬は冬」。キャベツ、レタス、白菜、つまみ菜、セリ、春菊、空芯菜、ター菜、菜花……。菜をひたすら並べる。「いやいや、水菜だろ?」という人がいた。「京野菜だから。あの旦那は元は上方の人だろ?」……水菜ねぇ。「夢が無い」と一番年嵩の先輩が返した。「水菜には夢が無い」と。「智恵子は東京に空が無いといふ」みたいな感じでおっしゃった。「酒の肴に水菜を出されて嬉しいか? 銘々が好きな菜をイメージしてやればいいんだよ」ということに落ち着いた。その先輩が「ちなみにオレはオクラだな」と言ったとき、そこにいた全員「それ、菜か?」という顔をしたけれど。私は醤油とごま油を垂らしたモロヘイヤにしようと思う。ツルムラサキなんてのもオツでさぁね。