1990年代後半、HIROMIXさん、長島有里枝さん、蜷川実花さんが注目を浴び始めたころから、日常でも友達でも家族でも、どこでも写真を自由に撮れる楽しみを手に入れた人がすごく増えました。ストリートに出て、距離だ、絞りだ、シャッター速度だと、技術習得のために、スナップ写真を撮ることの正当性が崩れ始めた。古いやり方になってきたのかもしれません。でも、技術的な裏づけとしての基本技は必ずある。

 かつては28ミリでも35ミリでも思い切り絞り込んで、背景も含めてきちっとパンフォーカスで撮るというのがスナップショットらしい写真だ、という思い込みがありました。

 でも最近は広角でもf1.4とか、明るいレンズで絞りを開けて、背景も前景もボカしたスナップ写真があってもいい。しかもそこに、顔認識AF、瞳AFみたいなものが加わってくると、レンズ描写力の優劣も明確になるから、それを意識せずにはいられません。

 昔の型を基本とした、いまの新しい型のありようが生まれてきているんだろうな、と思います。フィルム時代には撮れなかったスナップ写真が撮れるかもしれない。昔から不変の、体をゆだねるところのスナップ写真の技術体系、プラスいまの時代の技術体系といった具合に、それをうまく組み合わせていきたい。どちらか一方ではダメなんです。

『炭鉱の理容所』(日本写真企画)。アマチュア作家、佐藤哲也さんの写真集。被写体と撮り手の関係が伝わってくるおだやかなスナップショット
『炭鉱の理容所』(日本写真企画)。アマチュア作家、佐藤哲也さんの写真集。被写体と撮り手の関係が伝わってくるおだやかなスナップショット

■「基本に忠実」で終わっちゃっている人

「撮影技術」と「内容」はスナップ写真の基本の両輪です。

 例えば、今年、ニコンプラザ新宿 THE GALLERYで写真展「炭鉱の理容所」を開いたアマチュア作家の佐藤哲也さん(北海道)の撮り方は、基本に忠実です。

 ひとつのテーマ、自分が撮りたいと思う対象に時間をかけて丁寧に向き合っている。出会い、別れ、信頼、痛み、懐かしさなどを共有しながらシャッターを切ることによって豊かな世界が育まれていきます。そこには技術的な巧みさなどより、こんなことを伝えたい、こういう場所、人となりなのだということが、内容としておだやかなスナップショットの中にしっかり盛り込まれています。

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「ここ」と「そこ」をつなぐ豊かなイメージを描く