町田康の、ここ15年来の活躍ぶりには瞠目するしかない。『告白』などの歴史小説で高い評価を得る一方、現代モノでも次々と快作を送り出してきた。それらの多くは長篇なのだが、町田は、「権現の踊り子」で川端康成文学賞を受賞している短篇の名手でもある。その手腕があれこれ発揮された『記憶の盆をどり』は、9編の短篇で編まれている。
一人称であれ三人称であれ、町田作品の主人公のほとんどは自意識過剰だ。それは時に強迫神経症レベルに達しているのだが、その緊迫した自意識によって物語はあらぬ方へと転がっていき、狂気じみた場面もよく現れる。読者は登場人物たちの滑稽ぶりをつい嗤ってしまう。しかし気づけば、その偏った思考と奇行に自分の内面の一端を見たような気がして、妙な気分になる。リアリティからはほど遠いドタバタ劇を見ていたはずなのに、読了してみると、公にはしっかと隠してきた自身の喜怒哀楽が眼前に浮かんでくるのだ。
たとえば表題作の「記憶の盆おどり」は、デフォルメが利いているとはいえ、たっぷりと記憶が溜まってきた50歳代以上は身につまされるだろう。捨てられた物たちが人間に復讐する「付喪神」は、八百万の神とともに生きてきた日本人の精神の劣化に警鐘を鳴らしてくる。「百万円もらった男」は、自身の才能との向きあい方を厳しく突きつける。
町田調とでも呼ぶべきいつもの冗舌体の作品もあれば、ですます調も登場する多彩な短篇集。まだ町田康作品を読んだことのない人には入門書としてふさわしいのでは、と私は思っている。毒気もクセも強い唯一無二の町田ワールドへ、まずはここから。
※週刊朝日 2019年11月1日号