女性アイドルグループ「欅坂46」の最新シングル「黒い羊」のミュージックビデオは圧巻だ。大人の心にこそ、響いてくるものがあるように思う。
そこに描かれているのは、真っ白な羊の群れに同調できない黒い羊の孤独であり、葛藤。自分を捨てて、群れて生きればラクだろう。だがそれが「自分」の人生か?群れの色に染まるな。プライドを捨てるな。孤高に生きよ。欅坂46の歌とダンスパフォーマンスから伝わってくるのは、そんな力強いメッセージだ。
振り付けを担当したのはTAKAHIROさん。TAKAHIROさんは欅坂46をはじめ、多くのアーティストの振り付けや舞台演出を手がけている。意外なことに、18歳までダンスとは無縁の人生だったという。
「勉強もスポーツもうまくいかない、自己肯定感の低い人間でした。正直、僕なんかいてもいなくても同じ。周りもたぶんそう思っていたと思います」
しかし大学入学前にたまたま見たテレビで人生は一変した。
「タレントの風見しんごさんが踊り、歌う姿に衝撃を受けたのです。バック転したり、床の上を背中でくるくる回ったり。体ひとつでこんなことができるなんて。僕には何の取り柄もない。でももし僕にもこんな動きができるようになったら『すごい』と認めてもらえることもあるのじゃないかな。そう思って、ダンスを始めたのです」。それは、今までやりたいこともなかった人生に“能動スイッチ”が入った瞬間だった。
大学卒業後は渡米し、NYのダンススクールで3年間体に基礎をたたき込んだ。「独創性はあっても基礎が全然なってないと、僕を馬鹿にしてくる人もいました。だから必死で」
努力の甲斐があり、2009年には歌手・マドンナのワールドツアー専属ダンサーに抜擢されるという栄誉に輝く。07年から、日本での活動も開始。その才能はとどまるところを知らず、いまやTAKAHIROさんが創り出す世界はひとつの演劇として高い評価を得ている。
TAKAHIROさんのモットーは、自分を常に「背水の陣」に置くことだ。
「自分であえて、振り返れば川しかないところまで追い詰めるのです。もう逃げられない。ここで戦って、勝つしかない。そういう状況になったときの人間の内側から出てくるエネルギーは、実はすさまじいものであったりします。その繰り返しが、自分の活動の枠を広げる原動力になっているんじゃないかな」
また、亡くなった父の言葉も大切にしている。
「いつも『なんでもやってみましょう』という言葉を口にする、とてもポジティブな人でした。実は僕も父も好きな歌があるんです」
「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」
親鸞の歌で、桜は明日も咲いているだろうから今日見なくても大丈夫と思っていると、夜のうちに嵐で散ってしまうかもしれないという意味だ。
「今やろうと思ったことは、今やれるときにやらなければ。明日でいいと思ったら、チャンスはきっと逃げてしまいます。『やってみましょう』という思いは、そのときに形にしていくこと。それが自分の新しい人生を切り開くことにつながると思います」
TAKAHIROさんは存在だけでなく、その言葉ひとつひとつの中にもエネルギーが宿っている人なのだ。