「徹底的に米国のまねをしてみよう。そうすれば顧客のニーズを先取りして競合店にも勝てる」。結局、セミナーの参加者で、それをやってみたのは私だけだった。
「現実にとらわれず、素直に実行」と言えば格好いいが、頭の中は「こうなりたい」で一杯だから“馬鹿”がつくほどいちずになっている。
幕末から明治になった頃、多くの若者が欧米を訪ね、彼我の差に衝撃を受けて「まねでも何でもよいから欧米のようになりたい。解釈なんていらない」と近代化を目指したのと似たような気持ちだった。
しかしこれは、私自身にとっては明らかに“覚醒”だった。「行き当たりばったりその日暮らし」という生活をずっと送ってきた私に、「米国のような豊かな生活を日本でも実現したい。そのための企業を育てたい」というロマンが誕生したのだ。
理屈や知恵がある人ならば、もう少し違う発想をしたのかもしれない。しかし、競合店の脅威にさらされて、藁をもすがる思いで行った米国視察で、私は「藁」を見つけた気分に高揚していた。
日本に帰る飛行機の中で、私は自分の決意表明を込めて、実行すべきことをメモ書きした。
米国が、これほど豊かになるのには、建国から120年かかっている。当時の日本の技術をもってすれば60年でできるだろう。しかし、60年もかかれば私は90歳近くになってしまう。そこで60年を2期に分け、前半の30年で何ができるだろうかと考えた。
最初の10年で「店をつくり」、次の10年で「人をつくり」、その次の10年で「商品をつくる」。漠然とした計画だ。
勉強が嫌いで、中学や高校ではいつも最下位グループだった。大企業の経営企画室が作成したような経営計画を粛々と実現していくような気など端からないのだから、計画は大まかなもので十分だ。
要は、それを「やる」と腹に据えられるかどうかだ。人生を切り開くための実行力を、自分の覚悟にできるのかどうか。この一点だけでいい。
米国という国が私に見せてくれた「豊かな国」というロマンは、私の覚悟を促すには原子力級の力を持っていた。後はやるかやらないか。それだけの問題になっていた。
●日本の未来は全て米国にある
ニトリでは、81年以来、毎年社員を米国研修に派遣している。入社2年目以降の社員を対象に、有資格者を3年ごとに派遣する。その数は、毎年1200人にものぼる。1人当たり費用は約30万円だから3億6000万円の費用がかかるが、人づくりの費用とすれば惜しい金額ではない。
なぜ米国かと言えば、やはり成熟した豊かな生活と、チェーンストア理論の未来の姿があるからだ。
私から見れば、日本の流通業はいまだに20年遅れだ。なぜなら米国は世界で一番競争が激しく、状況が目まぐるしく変わっているからだ。10年前にトップだった会社が、今では倒産してしまったりしている。