

ギター・ショップには独特の空気が流れている。さまざまな音はもちろんのこととして、なんとも表現しがたいあの魅力的な香り……。やや大げさな表現かもしれないが、「聖地」という言葉を使っていいだろう。
45年ほど前、はじめて御茶ノ水の楽器店に足を踏み入れたときは、はげしく緊張してしまったことをよく憶えている。そこで、その緊張を乗り越え、そして春休みのアルバイトで貯めた金のすべてつぎ込んで手に入れたのは、テレキャスターの日本製コピー・モデルだった。しかしそのギターでは、ずっとあとになってからわかることだが、ボディの裏側から弦を通すあのシステムも再現されていなかった。つまり、コピー・モデルの名に値しないものを買ってしまったわけで、当時はそれぐらい、なにもわかっていなかったのだ。アンプにつないだギターを渡されても、なにか曲らしいものが弾けるわけではなく、2つか3つ、知っているコードをジャラジャラとかき鳴らしただけだった。
けっこう上手そうな風情の店員たちの前でギターを弾くのは、恥ずかしいものだ。ほかの客も耳を傾けているかもしれない、などと、意味もなく緊張したりする。同じような体験をされた方は、少なくないはずだ。そして、大きな問題は、そこでなにを弾くかということ、である。
少し前までだと、きちんとした統計に基づくものではなく、あくまでも印象だが、圧倒的に多かったのが、《レイラ》と《ステアウェイ・トゥ・ヘヴン》、そして《スモーク・オン・ザ・ウォーター》。なかでもとりわけ多いのが、《スモーク・オン・ザ・ウォーター》のあのイントロだろう。ある映画で、この手の曲を弾くなと書かれた紙がギター・ショップの壁に貼られているという、苦笑いを誘うシーンもあった。
《スモーク・オン・ザ・ウォーター》は、ディープ・パープルが、初来日公演の約半年前ということになる1972年春に発表したアルバム『マシーン・ヘッド』に収められている。