作家、コラムニスト/ブレイディみかこ
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 英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。

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 家は外界からの避難所となり、自己表現の場となり、家族や大切な誰かとの関係性を築く基盤になる。だからこそ、適当な家を確保できるかどうかは、人間に最大のフラストレーションを与える要因になり得るのだ。

 欧州に排外主義と右傾化をもたらしている原因は、住宅危機だという考察がある。英紙ガーディアンは、欧州で最も物価の高い都市の現状を解説するシリーズ「ヨーロッパの住宅危機」を掲載した。リスボンからは、2008年の金融危機の後、裕福な外国人がセカンドハウスや短期賃貸住宅を購入するようになり、地元住民が街から追い出されるようになったという報告がある。アムステルダムでは、高齢の長期居住者は安全で手頃な公営住宅に暮らしている一方で、若者や最近移住してきた人々、特に低所得者は高額で不安定な民間住宅に頼らざるを得ないという。ブダペストでは、冷戦終結後、公営住宅が売却され、社会主義的価値観の否定として私有住宅の所有が推進されたが、それで起きたのは、高齢者による住宅への投資だった。これが住宅価格と家賃を押し上げ、若者たちには払えない額になっていった。

 住宅が「家」ではなく「資産」になると、持たざる者から持つ者へと富が移転する。不動産が不平等の原動力となるのだ。こうした不平等への憤りを利用して支持を拡大しているのが極右勢力だ。欧州では、住宅問題の蔓延と深刻化が、民主主義を脅かすリスクになっている。

 排外デモや暴動が、難民認定申請者が宿泊するホテルの前で行われがちなのも、住宅危機と無関係ではない。だが、難民や貧しい移民を排斥しても家賃は下がらない。真の原因は、国の内外から不動産を買い漁る資産家と、それを取り締まらない(そして自分も不動産投資をしたりしている)政治家たちだ。

 英国でも、ロンドンの民間住宅の平均家賃は25年5月には2249ポンド(約44万8千円)で、もはや高騰というより暴騰、の声も聞かれる。ロンドン在住者の47人に1人はホームレスという調査結果もあった。「家なき子」ではなく「家なき大人」だらけになった社会の政情や治安が不安定化するのは、むしろ当然のことではないだろうか。

AERA 2025年9月1日号

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