「『夫、妻』より『旦那さん、奥さん』のほうが、丁寧に感じるからです。日本語の作法では、相手を立てるのが基本です。『奥さん』という言い方を避けたくても、他に同じくらい丁寧な表現が見当たらないのです」

 こう話すのは、言語学者の中村桃子さん(関東学院大学名誉教授)だ。

「旦那さん」「奥さん」が丁寧になっていった歴史的な経緯がある。もともと明治期以降は男性の配偶者を「夫」と呼んでいたが、大正期に「主人」が広まった。当時の新聞記事には、上流階級の言葉として「主人」「奥様」「ご亭主」などの言葉が載っている。戦後、一億総中流となるなかで、上品で高級な呼び名として広まったと考えられる。

「そこには主従関係というより、上流階級への憧れの感覚があったと考えられます」(中村さん)

 ただ、本来は「奥さん」という呼び方を避けている人も、他人相手なら「奥さん」と呼んでしまうのは、丁寧さだけの問題ではないという。

「『奥さん』という言葉に抱く違和感よりも、『他人の配偶者は丁寧に呼ぶべき』という“言葉遣いのルール”を優先しているのです」(同)

 つまり、個人の価値観よりも、無難で丁寧に聞こえる言葉を優先した結果、呼び名に矛盾が起きたのだ。

「また、標準語のような『夫』『妻』に対して、『旦那』『奥さん』『嫁』は温かみがあるからという理由で優先して使う人もいます」(同)

 では、こうした矛盾のない呼び名はなんだろう。

 最近は「お連れ合い」「パートナーの方」といった呼び方もある。店なら「お連れ様」という呼び方をされることはある。しかし、パートナーという言葉は、多様な関係を表現する一方、結婚の有無があいまいになるため、なじまない人もいる。

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