そこで候補に挙がるのは、「夫さん」「妻さん」だ。実は1973年の朝日新聞でも、評論家が他人のパートナーを「夫サン」と呼ぶ提案をしている。50年以上も前から提案されているのに、まだ定着していない。

「高級ホテルが客に『夫さん』『妻さん』と呼べば、丁寧で高級感のある呼び名だという印象がつき、広がるかもしれません」

 そう語る一方、中村さんは言い切る。

「呼び方の正解を決めることほど、つまらないことはありません」

 どのように呼ぶかは、その人のパートナー観の表明でもある。他人の配偶者を「お嫁さん」と呼ぶことで「この人、嫁という感覚を持つ人なんだ」と受け止められるかもしれない。一方、「旦那」が当たり前の人に、「夫さん」と言うことで、気取っていると誤解されるかもしれない。

「誰に対しても使える呼び名はありません。多様なパートナー関係が広がるこれからの社会では、さまざまな呼び名が存在します」

 中村さんは、他人の配偶者には、まず「パートナーの方のお名前は?」と尋ね、その後は名前で呼ぶという。名前を忘れたら、聞き返せばいい。

「誰かに呼び名を決めてもらいたい気持ちはわかります。『正しい日本語』を使えば、ふさわしい選択ができて、恥をかくこともありません。しかし、これからはルールにとらわれず、相手との関係性から、自ら呼び名を選んでもいい時代です。日本語をつくるのは専門家だけではありません。私たち一人ひとりが、これからの言葉をつくっていくのです」

 そうだ。私も「奥さん」という言葉が引っかかるなら、こちらから呼び名を相手に提案してもよかった。めったに会わない人だから、旧来的な呼び名の世界にタイムスリップしたと思って楽しむのもアリだった。

(AERA編集部・井上有紀子)

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