「本との出会い」は、新しい知識や価値観との出会い、そして人生を豊かにするきっかけとなる、素晴らしい経験(撮影 写真映像部・松永卓也)
「本との出会い」は、新しい知識や価値観との出会い、そして人生を豊かにするきっかけとなる、素晴らしい経験(撮影 写真映像部・松永卓也)
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 各界の著名人が気になる本を紹介する連載「読まずにはいられない」。今回は生物学者の福岡伸一さんが、『日本群島文明史』(小倉紀蔵著)を取り上げる。AERA 2025年8月25日号より。

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 長野県に住む知人が、庭でルリボシカミキリを見つけました、と写真を送ってくれた。目の覚めるような青色の地に、黒い斑点を持つ優美なこのカミキリは、元昆虫少年の私にとって最も好きな虫である。興味深いことに奄美大島には、このルリボシカミキリと瓜二つの黒い斑点模様を持つものの、地の色は青ではなく輝くような紅色をしているフェリエベニボシカミキリという虫が生息している。おそらく同じ祖先を持つカミキリムシが、日本列島という群島の中で、緩やかな関係を保ちつつ、離れて生息するようになった結果、鮮やかな対比を示すことになったのだ。こんな豊かな自然のグラデーションの中で生まれ育ったことに私は幸福を感じる。

 日本には大小合わせて1万4125もの島があるという。この特異的な風土が、いかにして日本固有の文明を生み出し得たのか、その全容を明らかにしてみせたのが本書である。特に、私が興味を持ったのは、日本列島という群島で醸成された、私たちの生命観の成り立ちについての記述である。なぜなら私も生物学者として、デカルト的な機械論的・要素還元主義的な生命観とは別の、もっと動的な生命の捉え方を求めてきたからであり、その根元には、この国の風土に基づく固有の観念があると考えるからだ。

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