「私そんなこと言ってないのに!!」
女性初なんですね、と切り出す私に、「そんなことが話題になること自体がおかしい。それが普通にならなきゃいけない」とのっけから激アツ発言。そして、ここに至るまでには時には周囲とぶつかりながら、いろいろなことを経験し、国連人口基金親善大使もやり、何年もかけての決断だったという。
歳もほぼ同じで、同じ時代を過ごしてきた私たち。有森さんのこれまでとこれから、聞きたかったことを全部聞いているうちにすっかり時間が足りなくなり、なんと収録途中で私の目の前に突然「時間がなくなったので2週続けて有森さんの配信決定! いったんここで締めて!」というカンペの指示が差し出された。前代未聞の出来事に戸惑いながらも内心私は「聞きたいことがまだ聞ける! 自由な番組でよかった〜」と神様に感謝した瞬間だった。
有森さんの話ぶりは熱かった。1992年バルセロナ五輪で銀メダルを獲得。続く96年アトランタ五輪では足底筋膜炎の手術を乗り越えて銅メダルを獲得。その時に、涙ながらに「初めて自分で自分を褒めたいと思います」という名言を残した。
「これが、実は間違って『自分で自分を褒めてあげたい』っていう見出しで書かれて、私そんなこと言ってないのに!! これが広まっちゃって。気持ち悪いでしょ! 自分を褒めてあげたいなんて!!」と有森さん。おやおや、なかなかハッキリ物言う面白い人だぞ、と印象がどんどん変わっていく。しかし実はこの言葉には「元ネタ」があったことに話が及んだ。
それは有森さんの高校時代に始まった全国都道府県対抗女子駅伝でのこと。「とにかく岡山からも誰か出さなきゃいけないっていうんで、田舎だし誰もいなくて、ちょっと足が速かった私が入ってしまって。3年連続で入ったけど3年とも補欠ですよ!」と当時を思い出しながら躊躇なく明らかに苦々しい顔で語る有森さん。あれれ? めっちゃ面白いぞー。
そして、そこに出てきたのがフォーク歌手の高石ともやさん。スタート前の選手を前にしてステージに立った高石さんが「みんな顔が暗いぞー!」と一言おっしゃったそうな。「いやいや緊張してるから、暗いとかじゃないし」と有森さん(笑)。そして「君たちはここまでがんばってきた! がんばってきたんだから自分で自分を褒めなさい!」と。しかし有森さんは「いやいや、私がんばってないし! 3年連続補欠だし!! 勝ってないし!!」と全くその言葉を受け入れられなかったそう。でもそれが、バルセロナで銀、そしてアトランタで、手術を乗り越えて連続メダルとなる銅メダルを取った後、そこまでの苦労をひたすら聞いてくれたインタビューの最後に涙ながらに「自分で自分を褒めたいと思います」という言葉になって表れたんだそう。