
英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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BSI(英国規格協会)の最新の調査で、16歳から21歳の若者たちの46%が「インターネットのない世界で若者時代を過ごしたかった」と答えた。ドラマ「アドレセンス」のヒットもあり、英国では若年層のSNS規制がさかんに議論され、英政府は、特定のアプリ利用に対し22時の「デジタル門限」導入の可能性に言及した。若い世代は猛烈に反発すると思われたが、前述の調査では、50%の若者があっさり「デジタル門限」を支持する結果となった。
ポリコレ的にはもうアウトと言われていた「ブリジット・ジョーンズ」シリーズが若い世代に再発見されて話題になった時、「たとえ自分たちはそこにいなかったとしても、ネットがなかった時代にノスタルジーを感じる」と言う女性ジャーナリストがいた。また、今年再結成されるオアシスの90年代のライブ映像を見た10代の若者は、「観客が自分の外見なんて気にしてなくて、すごく自由に音楽に浸っていた。写真なんか誰も撮ってなかった」と言っていた。
ガーディアン紙が掲載した、ネットのない時代への憧憬に関する記事で、20代の女性ライターが「SNSが登場する前、人々はもっと個性的で、自分らしい行動を取っていたように思える」「SNSはトレンドサイクルを加速させ、スタイルや個性において不気味なほど均一化をもたらした」と書いていた。SNSと共に育った世代には、それは「息苦しい」空気の元凶と見なされるようになっている。
2011年にマッキャン・ワールドグループが発表した調査結果では、英国、米国、中国、インドなどの国々の16歳から22歳の若者たちに「携帯やパソコンなどのテクノロジーを失うのと、嗅覚を失うのと、どちらを選ぶか」と尋ねたところ、53%が嗅覚を失うほうがいいと答えた。テクノロジーは人間の五感すら置き換えるものになると話題になったが、あれから14年が過ぎ、少なくとも英国では、ネットのない時代に行きたい若者たちが増えている。
ホワイトカラーの新入社員レベルの仕事はAIで置き換えられると言われている時代である。最も影響を受ける世代にすでに広がっているこのムードは、今後どう変化していくのだろう。
※AERA 2025年6月16日号
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