包丁を握りしめながら 継母の顔色をうかがった

2024年12月に現在の場所に移転した新オフィスには、YouTubeスタジオやインスタライブ配信スペースを併設している。このカウンターはスタッフとのミーティングによく使う(写真/門間新弥)

 昨年9月、動画のなかで、今まで話さなかった毒親育ちであることを明かすと、さらなる反響があった。小田切は言う。

「人生、ある程度のフィールドまで来てみれば、これまで汚点や傷だと思っていたものが自分の武器になっていることに気づいたんですね。つまり、マイナスだと思っていたこともプラスにできる。そんなことを伝えられたらと思って毒親の話をしたら、コメント欄は共感の嵐で。ありがたいことに取材の依頼も殺到したんですが、AERAさんの企画書を見たとき『え?』って。担当編集者のお名前を見た瞬間、ある記憶がフラッシュバックしたんです」

 子どもの頃、実家で夫婦げんかが始まると、姉たちとよく隣家に逃げていた。

「真夜中、僕がピンポンピンポンした、その上にあった表札。企画書にその名前が書いてあって」

 まさに本稿の担当編集者は、隣家の長女で小田切の小学生時代の同級生だった。「お隣さん」は確かに警察が来るような激しいけんかをする夫婦だったが、記憶に残る「ひろしくん」は女子友が多く、テレビ好きでおしゃべりが止まらない、ませた少年だった。低学年のころは一緒にジェニーちゃんで遊び、寝坊しがちなので毎朝「学校い~こう!」と声をかけて並んで登校した。

オフィス内にある化粧品のコーナー。自然光に近いライティングで自分の肌を使って色の発色や質感をチェック。なるべくフレッシュな商品を使いたいので、アシスタントが週1で新作と入れ替える(写真/門間新弥)

 そんな思い出話を聞いた小田切は「本当ですか!?」と驚き、複雑な表情をのぞかせた。

「全く覚えてない。トラウマのせいで幼いころの記憶が、結構、抜けてるんですよ」

 5歳の頃、金融業を営む父親が、再婚同士で結婚した。継母と義理の姉二人、実姉の裕福な家族。しかし、父親が家庭を顧みなくなると、継母は外部から見えない形で子どもたちを支配するようになった。好きなことをやっていると「才能がない。生きている価値もない」と否定され、ことあるごとに義姉二人と差をつけられた。物がなくなれば泥棒扱いされ、実の姉と結託しないようにそれぞれ孤立させられた。継母から月謝袋を渡され、学習塾や習い事に通っているふりをして父親から月謝を回収する“運び屋”もやらされた。

「あんたの父親が家にお金を入れないから」となじられてきたが、本当のことは分からない。そう思うのは中学時代の悲しい思い出による。 

 継母が愛犬パグのハナとコッカー・スパニエルのファニーを「知り合いに預けるね」と言い出した。しかし、迎えに来たのは、檻(おり)を持った保健所の職員。その意味を察し、泣いて抗議をしてもなす術もない。後日、継母はペットショップから、ダックスフント5頭と2匹を新しく迎え入れた。

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