東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
この記事の写真をすべて見る

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

【写真特集】大物がズラリ!AERA表紙はこちら

フォトギャラリーで全ての写真を見る

*  *  *

 4月6日に筆者が経営する会社「ゲンロン」が創業15周年を迎える。筆者は経営は全くの素人。続くわけがないと忠告された。それがいまや社員が20人近く。望外の喜びだ。

 15年で言論を取り巻く環境は大きく変わった。最大の変化はネットの台頭だ。15年前はSNSや動画は傍流だった。いまでは主流だ。

 逆に新聞やテレビは苦境に立たされている。広告費は2019年にネットがテレビを抜いた。いまや報道番組よりインフルエンサーのほうが言葉が届く。相次ぐスキャンダルで信用も失っている。石丸伸二氏や立花孝志氏のように、既存メディアへの不信感を利用する政治家も増えてきた。

 いまの消費者は言葉の押し付けを嫌う。自分で調べ考えることを好む。この状況は従来のタイプの知識人にとって大変な逆風である。そもそも知識人の言葉を信用しないのが前提なのだから。

 それでも弊社が生き残ってこれたのは、なんとか変化に対応してきたからだ。最初は出版社として起業したが、13年にイベントスペースを始め、20年には独自の動画プラットフォームを開設した。言葉を提供するだけではなく、オンライン・オフラインの双方で共同体作りに努めてきた。

 共同体という言葉に反発を覚える向きもある。とくにリベラルに多い。しかし私見では、1000から10万の規模の読者共同体の形成こそが言論界復活の鍵である。

 ネットは数がすべてだ。みなが100万、1000万を求めている。だから陰謀論やフェイクニュースが横行する。

 マスコミ知識人はその状況を批判する。しかしもはや数ではネットに敵わない。むしろ必要なのは、そんな数の暴力の世界からひとりでも多くの市民を引き剥がすことだ。そのためには知識人もまた生身で信頼を獲得する必要がある。それがすなわち共同体作りだ。だれにでも開かれた普遍的な言葉は、いまの時代は逆にだれにも届かないのである。

 小さな共同体をもたない言論人は、大きな流れとも戦うことができない。15年の経験でそう感じている。

AERA 2025年4月7日号

[AERA最新号はこちら]