
米欧関係にはかつての深刻な危機が深く刻み込まれています。1956年に起きたスエズ動乱がそれです。当時の英仏両国は最大の同盟国アメリカに内報しないまま出兵。スエズ運河をエジプトのナセル政権から奪還しようと試み、アイゼンハワー大統領の怒りを買いました。結局この試みは惨めな失敗に終わったのですが、その後の英仏の対米外交は真逆なものとなりました。英国は米国とぴたりと寄り添って“特別な関係”を築く一方、フランスはやがてNATO軍事部門から離脱、独自の核を開発して対米自立の道を歩んだのです。
「欧州独自の核」思想
今回の会談の決裂も、米欧に深い亀裂を生む契機となるでしょう。イギリスさえ、米国なき欧州安保に踏み出そうとしているようにみえます。特に注目すべきは、フランスのマクロン大統領が「フランスの核兵器の活用について議論を始めたい」とメディアに述べていることです。フランスのNATOへの完全復帰後、英仏の核は米国の核と連携して運用され、ロシアへの抑止力とすることが建前でした。マクロン発言の背景には「欧州独自の核」の思想が見え隠れします。ウクライナ戦争によって、欧州が「米国とは別個に核を運用する」戦略に一歩踏み出す可能性を秘めているのです。
欧州の有事に際して、アメリカは自国が攻撃されるリスクを覚悟してなお、同盟国のために核のボタンを押すのか──。これはベルリン危機以来、欧州にとって最大のジレンマです。この究極の問いが、トランプの再登場で再び欧州の側に突き付けられているのです。
そして、東アジアの同盟国にも同様の問いが降りかかっています。台湾海峡や朝鮮半島の有事で、米国は核のボタンに手をかけるのか。この重い問いが我々に突き付けられています。日韓の国内に「独自の核を持つべし」という議論を巻き起こす危険を孕んでいます。
(構成/編集部・川口穣)
※AERA 2025年3月17日号