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「日本三大ドヤ街」の一つ、大阪市西成区の釜ケ崎。「治安が悪い」イメージを持たれた街だが、近年は違法露店や覚醒剤の密売も激減。関西空港や歓楽街ミナミへのアクセスが良いことから、インバウンド客が宿泊する観光拠点として注目されている。
東京のキャバクラで売上金560万円を横領し逃亡した宮本信芳さん(63)は、そんな西成に流れ着いた人のひとりだ。【前編】では、彼が「ドヤ」の清掃員や居酒屋の経営を経て、ある日逮捕されるまでを紹介した。【後編】では、その後釈放されてからの人生を追う。発売中の書籍『西成DEEPインサイド』(朝日新聞出版)より一部抜粋・編集してお届けする。
※【前編】<西成で「ドヤの清掃員」になった元・逃亡犯 住民の孤独死で警察に「横領が発覚しないか冷や冷やしました」>より続く
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逮捕後に謝罪の手紙を出した相手側の社長から「刑務所に入ることを望まない」との返事があった。
最初に今あるお金をまとめて渡し、残りは月3万円の13年払いで返済することで話がまとまり、不起訴処分(起訴猶予)となった。その間、釜ケ崎で出会った友人らが刑の軽減を求める嘆願署名300人分を集めてくれたことも知った。
釈放されて釜ケ崎に戻った。近所や居酒屋で嫌がられるかと心配していたが、気にせずに自然と受け入れてくれた。
釜ケ崎の「三角公園」で開かれる夏祭りに関わるようになり、カンパのお金を預かることも増えた。預かり金は多いときで20万〜30万円になった。「かつての横領犯に渡すのはダメですよ」と冗談めかして言うと、仲間からこう返された。「もう逃げるとこないやろ」
15年に居酒屋「グランマ号」を開店した。たばこで停学処分中だった高校2年のとき、ゲバラの伝記を読んで生き様にひかれ、やり直そうという気になった。そのときを思い出し、あこがれの人物を乗せたボロ船の名を店名にし、「新たな人生への出発」という思いを込めた。
店は釜ケ崎に関わる人びとの憩いの場としてにぎわっている。ここではずっと「新井」で暮らしてきたので、実名を知らない客のほうが多い。