皆さんは、「トリカブト」というと何を思い浮かべますか? 植物にはあまり詳しくない人でも、その名前と猛毒と言うことだけはご存知なのではないでしょうか。
毎年春の山菜取りの季節には、「ニリンソウとトリカブトの新芽が似ているので注意」などというニュースが流れたり、以前にはトリカブトを使った殺人事件も世間を騒がせました。
物騒な印象が強い植物ですが花の姿はあまり関心をもたれることはないよう。でも実は秋の山野を彩る代表的な美しい花です。ただし、その青紫の花に惹かれて触れたり摘んでしまうのは要注意。頭の先からつま先まで、全草に猛毒を持っているのです。
そのヘルメットは受粉カプセル・特異なかたちにもわけがある
トリカブト(鳥兜/Monkushood Aconitum)は、キンポウゲ科トリカブト属の多年草。日本などユーラシア大陸が原産で、世界に約300種、日本には33種の自生が知られています。日本全国で見られますが、林の縁や沢沿いなど、少しじめじめして半日陰の場所を好み、花穂を斜めにしならせて青紫に咲く姿は、栽培種の華麗な蘭のようにも見え、吸い寄せられるような美しさ。属の学名Aconitumは、そのままアコニチンという毒物の名前。根、葉、茎の順に毒性が強く、もちろん花や蜜、タネにも毒が。和名の「トリカブト」は、秋に咲く青紫色の花が舞楽の常装束や民俗芸能に用いる冠の鳥兜(鳥甲、とりかぶと)に似ていることに由来します。
実際鳥兜にそっくりのヘルメットを被ったような花の形が特徴的(西洋ではこれを「僧侶の帽子」に見立てています)ですが、これは花びら(花弁)ではなく5枚ある花がくの一枚が変化したもので、花びらそのものはこの大きな上顎片の「ヘルメット」の中に収められています。この隠れた花弁の後ろ側にサザエのキモのようにくるんと巻いた距がついており、そこから花蜜を出します。そこで蜜を取るためにはヘルメットの奥まで入っていかねばならず、この時期トリカブトの花の奥深くにすっぽりともぐりこむマルハナバチの様子を観察することができます。何だかハチのカプセルホテルのようにも見えますが、花粉量の少ないトリカブトが確実に受粉してもらうために、このカプセルの中で全身に花粉がつくような仕組みとなっているわけです。
さて、トリカブトの毒成分・アコニチン系アルカロイドのアコニチンやメサコニチンは現在知られている限り植物界で最強の猛毒といわれ、ナトリウムチャネルに結合し、細胞活動を停止させる麻痺作用があります。致死量を摂取すると心室細動や心停止を引き起こし、心臓麻痺で6時間以内に死に至るといわれます。ヒトの致死量は3~4mg、トリカブトの葉約1gで人を死に至らしめるだけの毒をもつのです。アコニチン毒は傷のない皮膚や粘膜からも吸収されます。触ったり摘む程度で死ぬことはまずありませんが、野山で出会っても、できれば素手で安易に触れるのは避けたほうがいいでしょう。
養蜂家は、春から夏にかけてミツバチに採蜜をさせ、秋のトリカブトの開花期には止めてしまいます。トリカブトの蜜入りの蜂蜜は、以前には死亡例すらあるためです。とすると、トリカブトの蜜を摂取する昆虫は毒にやられないのが不思議ですが、神経構造が違うため昆虫にはトリカブト毒は効かないようです。トリカブトは、人間を含めたケモノや鳥などからの食害の防衛のために、全身に猛毒を蓄えるようになったようです。ハチやアブも飲んでいるんだから平気だなんて、戯れに蜜を吸ってみるようなことはやめましょう。
きれいな花なのにブスとはこれいかに?
そんなけなげな植物の工夫まで貪欲に利用するのが人間。古くからその毒を矢毒として役立ててきました。トリカブト毒による狩猟は、ユーラシアの多くの狩猟民族で行われていましたし、日本でもアイヌ民族が狩りに利用していたのは有名です。
中国では、2千年以上前から猛毒の根を漢方として薬にも利用しました。根茎を加熱して減毒し、新陳代謝機能の回復、強心、利尿などの効能を、また他の生薬と配合して四肢関節の麻痺、疼痛、虚弱体質者の感冒や腹痛、下痢、血止め、軽度の新機能の衰弱などにさまざまに応用されています。漢方では、トリカブトの根を乾燥させた生薬のうち、子根を用いたものを附子(ぶし)、母根を用いたものを烏頭(うず)と呼びます。「ぶし」という呼び名は日本でも使われ、ナンタイブシ、オンタケブシなどの種名にも使われています。また、日本でもオクトリカブトやヤマトリカブトの根を塩漬けして乾燥させた生薬を「白河附子」と称して利用されています。
この「ぶし」と言う言葉、一説ではトリカブトの毒にやられた人が苦しみもがく形相のように歪んで見苦しい容姿のことをたとえて「ぶし」と呼ぶようになり、それが現代語の「ブス」の語源になったとか? 苗字の「毒島(ぶすじま)」さんの「毒」という字を「ぶす」と読むのも、附子を毒物の代表としていることからきています。
「毒を以って毒を制す」は本当にあった! トリカブトを使った推理小説まがいの事件
トリカブトは推理小説やサスペンスドラマにたびたび登場します。トリカブトには気の毒ですが、その毒性の強さから仕方ないことかもしれません。
そして作り話ではなく現実でも、推理小説まがいのアリバイトリック殺人事件にトリカブトが悪用されたことがありました。
1986年に起きた保険金殺人事件では、当初被害者の死因は急性心筋梗塞と診断されますが、その後トリカブト中毒による急性心不全と判明しました。トリカブト中毒は摂取後10分~20分と短時間で発現するのですが、怪しいと目された容疑者は中毒の発現1時間以上前に被害者と別れていました。そこでアリバイ成立となるのですが、後にトリックが判明。何と、フグ毒(テトロドキシン)と同時に摂取させることでテトロドキシンがアコニチンによる麻痺症状を一定時間ブロックし遅効性とすることが分かり、アリバイが崩されて事件が解明したのでした。
実はこの毒をもって毒を制す作用はギリシャや中国では古代から知られていて、秦時代の始皇8年(紀元前239年)に編纂された「呂氏春秋(りょししゅんじゅう」に「萬菫(まんきん)不殺」という現象として記載されています。「萬」はサソリ、「菫」はトリカブトの古字ですが、それぞれを単独で使うと人をも殺す猛毒のはずが、同時に適切に使うと中和される、という不思議な現象を表したものです。トリカブトの毒は摂取後24時間たつと無毒化されるため、遅効性にすることで場合によってはトリカブトの中毒を回避できることもある、ということが研究されていたようです。
さて、そんなトリカブトですが、ガッサントリカブト、イイデトリカブト、オンタケブシなど、11種が絶滅危惧されるレッドリストに記載され、多くの山野草と同様、生育できる豊かな植生環境は減ってきています。筆者の知る自生地も、一つ、又一つと年々減ってきています。いかんせんその毒性にばかり関心がいきがちですが、古い時代から美しい山野草としてめでられ、茶花にもいけられてきたトリカブト。野山で出会うとハッとするほどの存在感です。いつまでもその姿を身近な山野にとどめておきたいものです。