歌人で生物学者の著者によるエッセイ集。表題は、「あの午後の椅子は静かに泣いてゐた あなたであつたかわたしであつたか」の歌より。庭草に半ば埋もれるようにして腰かけた妻の、再発した病を思って泣いていた姿を想う。
結婚式以来、散髪屋に行ったことがなく、長くなったら後ろの髪も含めて自分で適当に切るという。「親父の背中」という言葉に父親自身の強がりの響きを感じ取り、「若者らしく」「自分らしく」などの「らしく」という言葉に胡散臭さを感じる。「らしくなく」とは、意志力と破壊力を要求される難しい生き方だが、自分の可能性を拡げていくことにつながるはずだという。また、〈新しさ〉を切り開くのは価値のあることとしつつも、それのみのために歌を作るのはあまりにさびしくはないかと問いかける。
※週刊朝日 2016年9月16日号