「人生100年時代」と言われて久しい。より良く生きるためには、大人になってから人生後半戦の第2エンジンの着火が鍵を握る。プロサッカー選手として現役を引退し、新たなキャリアをスタートさせたFCバサラ・マインツ監督、マイスターヨーロッパ代表の岡崎慎司さんに話を聞いた。AERA 2024年11月4日号より。
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今年、19年間のプロサッカー選手人生に幕を下ろした岡崎慎司さん(38)は、FCバサラ・マインツ(ドイツ6部リーグ)の監督に就任し、新たなキャリアをスタートさせた。
「以前から監督という職業に関心を持っていましたが、それ以上に、『試合に勝つことで日本人の価値をドイツで証明したい』と思ったことが大きいです」
全部を取りにいこう
その原点には、24歳でブンデスリーガ(ドイツ1部リーグ)のシュトゥットガルトに移籍し、孤軍奮闘した経験があった。
「めちゃくちゃしんどかった記憶があります。これまでの“当たり前”が通用せず、通訳がいても本当に苦労しました。何より、最初は“日本人”に全く興味を持ってもらえませんでした」
「和」を重んじ、助け合いの精神が求められる環境から一変、自己主張が当たり前の価値観に触れ、戸惑った。完全にアウェーの中、周りに合わせて自分もエゴイストのように振る舞おうと思ったこともあった。だが、そんな自分に違和感を覚え、ストレスを感じたという。
「試行錯誤した結果、自分は日本人として、チームメートを助け、チームに貢献して試合に勝ち、そして一番目立ちたいと思いました。だから『全部を取りにいこう』と。そのためには、周りと同じやり方をしていたらダメだと思いました」
その軸を持ち、サッカーと自分自身に向き合い続けた岡崎さん。実績を残していくにつれ、周りからの見られ方も変わっていったという。
「結果を出すと、『日本人すごい』となるんですよね。勝負の世界では、結果がものをいうのだと改めて感じました」
その同時期、一つの転機が訪れる。岡崎さんの母校、滝川第二高校(神戸市)の先輩にあたる山下喬さん(39)がドイツでサッカー留学の仕事をしていることを知った。会ったところ、渡独した日本人選手たちが、長く、安心して競技ができる場所を作りたいとの思いで意気投合。2014年には二人でサッカークラブを設立した。それが、現在岡崎さんが監督を務める「FCバサラ・マインツ」だ。30年までにプロ3部リーグ昇格を目下の目標に据えている。