いたたまれずに教室を飛び出したことも
県内の海がある町で育ち、生き物や創作が好きな穏やかな子だった。思春期を迎える頃、少しずつ周りとの「違い」を感じ始める。高校では男同士の会話になじめず孤立した。修学旅行の班決めでどこにも入れず寝たふりをしていると、近くにいた男子生徒に「お前も入れよ」と腕を引っ張られ、椅子から転げ落ちてショックで泣いてしまった。周りにはやし立てられ、いたたまれずに教室を飛び出した。
仲間に入りたいとも、入れるとも思わなかった。結局、高校では友だちと呼べる人はできなかった。ただ、それがセクシュアリティーに起因しているとは思いもしなかった。テレビで人気の「おねえタレント」たちを見て、「自分もこの人たちと同じだろうか」と疑い、「でも男性が好きなわけじゃない」と打ち消す。最後は「コミュ障」だということにして自分の気持ちにふたをしていた。
大学院生だった24歳の時、ネットサーフィンをしていてセクシュアリティーマップという樹形図を見つけた。セクシュアリティーを「身体の性」「心の性」「好きになる相手の性」の3つに分類し、12通りの組み合わせがあることを示したものだ。その1つ「身体は男性、心は女性、好きになる性は女性」の組み合わせを見て、「これが自分だ」と直感した。突然、目の前の霧が晴れ、見通しの良い平原が広がったようだった。
「私の人生はひとりの状態で完成形」
それ以来、活動的な自分を取り戻していく。博士課程には進まずに就職し、休日はNPO活動やボランティアに打ち込んだ。30代になり周りに既婚者が増えると、「結婚しない人生はピースが足りず不完全だという世間の意識」(みくさん)に微かな反発を覚え始めた。
「私の人生はひとりの状態で完成形。結婚しない人生も、結婚する人生と同様に価値あるものだと感じたいし、大事な人たちに認めてほしい」。一度きりの人生、モヤモヤを抱えて生きるのはもったいない。みくさん流の“解”がセルフ結婚式だった。
みくさんはいま、企業理念に共感する外資系化粧品メーカーで働く。性自認を公表してから「はるかに生きやすく、幸せを感じる瞬間が増えた」という。たとえば女友だち2人とお店に入り、友人が注文票に「女性3人」と書くのを見た時。「性別違和の状態だと、心の性が認められたと感じた時、特別な幸福感を味わえるんです」。
アイデンティティーに葛藤していた10代の自分にはこう声をかけてあげたい。「世の大多数と違っても、世間が考える幸せの条件を満たさなくても、あなたのままで大丈夫。幸せはあなたが決めればいい」