全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA2024年10月7日号にはSyn K.K.のレコーディングエンジニア・チーフ 赤工隆さんが登場した。
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ドラマ「SHOGUN 将軍」のADRを担当し、第76回エミー賞の音響賞を受賞した。
ADR(Automated Dialogue Replacement)とは、端的に言うとドラマのアフレコのこと。米国や欧州ではADRのプロが多く活躍する。
名古屋の専門学校卒業後、1994年にロンドンに渡りスタジオエンジニアの仕事を学んだ。帰国後は音楽の仕事がしたいと、東京で音響スタジオに就職。
2001年、音楽プロデューサー・作曲家のニック・ウッドから、英語が話せる技術者が欲しいと誘われ転職した。当時、ADRという仕事は日本では認知されておらず、日々の仕事はニックが作曲したCMや映画の楽曲をスタジオでレコーディング、ミックスするという作業だった。
多忙を極める中、米国から経験したことがない依頼が入る。それは、来日中のジャネット・ジャクソンのレコーディングをして、その音源を、米国へ送信するというもの。
リモートという言葉など全くない時代、海の向こうにいるディレクターと、英語でコミュニケーションを取りながら録音したデータを、デジタル通信回線で送ることができるエンジニアは少なかった。口コミで広がり海外からの依頼が増える。
大きな転機は、映画「硫黄島からの手紙」(06年)。日本人キャストが多く出演する作品で、渡米せずに、日本にいながら監督の指示に沿い、セリフの差し替えやナレーションを録音し、そのデータをハリウッドに送るという、ADRの仕事が入る。
「ADRは、仕込みが命なんです」
編集済みの映像と台本と監督の指示書を読み込み、海外と昼夜逆転の状況下、綿密な打ち合わせをこなしながらセリフの差し替えが必要な部分の音を整理する。
俳優の拘束時間内に録音を終わらせるため、準備作業に3〜7日以上かけることもある。丁寧な仕込みと、英語と日本語を駆使したコミュニケーション能力で、監督と俳優から信頼を勝ち得たからこそ、今回の受賞に繋がった。
動画配信サービスの需要が高まり、海外進出する俳優も増え、ADRが作品の完成度に貢献する機会がますます広がりをみせている。次世代の育成にも励みたいと、コツコツと歩み続ける。(ライター・米澤伸子)
※AERA 2024年10月7日号