『日本語を歌・唄・謡う』、多彩な発声者をご覧あれ!(撮影/谷川賢作)
『日本語を歌・唄・謡う』、多彩な発声者をご覧あれ!(撮影/谷川賢作)
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『日本語を歌・唄・謡う(映像アーカイブ)DVD全4枚組』(中山一郎 編)
『日本語を歌・唄・謡う(映像アーカイブ)DVD全4枚組』(中山一郎 編)

 先日ついに私の「音楽は野球だぜ!」理論(ほめちぎ第5回参照)が花開く瞬間がありました。あるステージで私の曲をこどもたちが歌ってくれたのですが、その40人の中にピアノに近い側に、他の子より目立って大きな声でしっかり楽しく歌っている男の子がいたので、思わず「おっ君、腕振って投げてるね。球にキレがある!」と褒めたら、その子がニカっと笑ってますます張りきって歌ってくれたのです。あとできいたら、なんとその子は、本当に少年野球のピッチャーだとのこと。やった?!(って、やっぱり実際に野球やっている子にしか通じないんじゃないのその理論!?)

「声、置きにいかないでね」(音程を意識するあまり、慎重に歌いすぎて声が弱くなってしまうのはダメ)が口癖な私。「でも“腕振って投げる”(=しっかりお腹から声出して歌う)とオンチになっちゃう」という子の気持ちもよくわかる。皆様ご存知のように、自分の声を低音域から高音域まで思い通りにコントロールして出す(歌う)のってなかなか難しいのです。

 はい、そこでいきなり転調(話題がとぶ)。今回ご紹介する、CD版の制作から足かけ9年の歳月をかけて制作された『日本語を歌・唄・謡う(映像アーカイブ)DVD全4枚組』(中山一郎 編)をほめちぎらせてください。これぞ“日本人の声、日本語の発声”に関する、現存する唯一無二の貴重な文化遺産と言っても過言ではないと思います。

 この作品には、祝詞からはじまり、声明、能、狂言、地唄、歌舞伎、民謡等々、日本の芸能の各界を代表する方々の声の数々、そしてそれら「伝統芸能」からだけではなく、明治初期に日本に入ってきた“洋楽と洋楽的唱法”を自らの発声の指針、基盤とされてきた声楽家や、役者さんや、歌が専門ではない落語家の方の声をも網羅した、“発声=人生 声をいかに出すかに日々命をかけていらっしゃるアーティスト” 計79名もの皆さんの映像記録が収められています。そして、各人の一つの課題として「かえでいろづく やまのあさは」という歌詞を、その各ジャンルの第一人者の方々が、そのジャンル固有の唱法で“うたい分け”しているところがユニークなところです。

 ここからはもう少し私流にこの作品の魅力を語ります。私が編者の中山さんのことを個人的に存知あげていることは承知の上ですが、確かにこの作品、彼の専攻である音楽音響学に深く根ざした労作であることはもちろんですが、私には中山さんのウイットに富んだ笑顔がうかんできます。「どうやったらこの人と、そのユニークな声の魅力をもっともっと伝えられるのだろう。まだなにかぼくの知らない声や音を出してもらって驚きたいな。もう少し遊んでもらおう、アイデア出してもらって脱線してくれてもいい」。彼のその粘り腰、茶目っ気が映像から感じとれるところがすばらしいのです。単なる“学問としての資料映像”であったらこんなにも魅力的な“うたい手の素の姿”は見られないと思います。きっと涙を呑んで、長回しで偶然撮ってしまったであろう、“発声者のうっかり垣間見られる自然体な部分”は編集でカットされたのだろうなあ、ということも想像に難くない。「そのジャンル固有の技法」は「その道を究めた芸人の自然体の魅力」を通じてしか現れないという大切なことを、中山さんはきっと分かっていらっしゃるのではないだろうか。

 その一例として個人的にすごく興味深かった箇所は、この作品の英訳担当者でもある声楽家のきむらみかさんの、見事なまでの多様な“うたい分け”きっと中山さんからのいっぱいのリクエスト(おだやかな笑顔にだまされて「まだまだ、もっと」と粘られたのかな?)に応えて、彼女が年月をかけて獲得してきたあらゆる技法(ローマ字巻き舌発音風、子音強調風等々)を駆使して、多少は「デフォルメ」せざるおえなかったとは思うのですが、その様々な表現形態から浮かび上がる、日本語の発音の方法の多様性にはとても考えさせられてしまう。それにしても我々の日常会話でも歌う時でもだが「発音」の根っこは元々はどこにあるのだろう?

 さあ、ここまで言っておいて水をさしてはいけないのですが、この作品DVD4枚と豪華ブックレットで3万円(税別)もするので、そうおいそれと人にすすめたりはできません。でも音楽、芸能に携わる人には一度は見て聴いてほしいなあ。図書館? う~ん。確かに研究書(DVD)的な側面はあるから、まずは全国の図書館には資料として必ずや置いてほしいです。ぼむっ! 太鼓判の一作也。 [次回5/23(月)更新予定]

『日本語を歌・唄・謡う(映像アーカイブ)DVD全4枚組』(中山一郎 編)
●購入方法については下記URLをご覧ください。
http://www.heibonnotomo.jp/musicworld+index.id+49.htm