『CROSBY, STILLS & NASH』 CROSBY, STILLS & NASH
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『CROSBY, STILLS & NASH』 CROSBY, STILLS & NASH
『Deja Vu』CROSBY, STILLS ,NASH & YOUNG
『Deja Vu』CROSBY, STILLS ,NASH & YOUNG

 ロサンゼルスの中心部を、ローレル・キャニオン・ブールヴァードという、なんとも美しい名前の道が走っている。ウェスト・ハリウッドとスタジオ・シティのエリアを南北に結ぶ道だ。丘陵地帯と呼ぶにはやや険しすぎる起伏の多い土地を抜けて行く、カーブの多いその道は、もっとも標高が高くなったところで、デイヴィッド・リンチ監督作品の舞台ともなったマルホランド・ドライヴと交差する。

 サンセット・ブールヴァード側からその道を北に向かい、坂を登りきったあたりがローレル・キャニオンと呼ばれるネイバーフッド=地域。サンフランシスコのヘイト・アシュベリーやニューヨークのグリニッジヴィレッジなどとは若干性格が異なるが、1960年代後半、そこは、LAのカウンター・カルチャーの聖地だった。いや、過去形で書くべきではないのかもしれない。そこに建つ家々や、いくつかの店がかもし出す独特の雰囲気は、おそらく、何十年も前からほとんど変わっていないのではないかと思う。車を走らせていると、丘陵地帯を吹き抜けていく風のなかから、懐かしい歌が聞こえてきそうだ。

 伝説的クラブ、ウィスキー・ア・ゴーゴーやトルバドールからもそう遠くはないものの、都市の喧噪からは隔絶された印象を与えるその一帯に、当時、ザ・バーズやザ・ドアーズ、バッファロー・スプリングフィールド、ママス&パパスのメンバーたち、ジョニ・ミッチェルといった若いロック・スターたちが暮らしていた。ジャクソン・ブラウンなど、まだ無名の存在ながら、音楽で生きていくことを心に決めた若者たちも、そこを訪ねたり、誰かの家に転がり込んだりしていたはずだ。

 そういったコミュニティのなかから自然発生的に生まれ、わずかな時間で頂点に立ち、ロックの流れそのものを変えてしまったのが、クロスビー、スティルス&ナッシュ。彼らの最初のアルバムのためにヘンリー・ディルツが撮影した写真が(実際には別のエリアらしいが)、そのころのローレル・キャニオンの雰囲気を伝えてくれる。

 ザ・バーズから追い出されたデイヴィッド・クロスビー。バッファロー・スプリングフィールドが分裂してしまい、次の道を模索していたスティーヴン・スティルス。イギリスの人気グループ、ホリーズの中核メンバーでありながら、仲間たちが目指す方向性に不満や疑問を感じていたグレアム・ナッシュ。ローレル・キャニオンのコミュニティで親交を深めた彼らは、そこで声を重ねたときの、天啓にも近い閃きと喜びに導かれるようにして、それまでにはまったくなかったタイプのグループをスタートさせたのだった。

 ウッドストックの直前にニール・ヤングが加わり、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングになった彼らが残した名盤『デジャ・ヴ』に《Our House/僕達の家》という曲が収められている。グレアム・ナッシュの作品だ。

「君は、昨日二人で買った花瓶に花を飾り、僕は暖炉に火をつける」という歌詞が印象的なその歌は、おそらく、彼とジョニ・ミッチェルとの、ローレル・キャニオンでの愛の暮らしを描いたもの。ローレル・キャニオン・ブールヴァード沿いには、二人がよく買い物をしていたと思われる店も、まだある。 [次回2/24(水)更新予定]

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大友博

大友博

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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