将棋界では人間とコンピュータの「共存共栄」が大きなテーマ。「そういう形になっているのはいいことだと思いますし、今後はもっとそうなると思います」(杉村達也)(撮影/高野楓菜)

 AERAの将棋連載「棋承転結」では、当代を代表する人気棋士らが月替わりで登場します。毎回一つのテーマについて語ってもらい、棋士たちの発想の秘密や思考法のヒントを探ります。36人目は番外編で、コンピュータ将棋開発者・杉村達也さんです。AERA 2024年4月22日号に掲載したインタビューのテーマは「私のライバル」。

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 現在の将棋界では、コンピュータ将棋(AI)を用いた事前研究が必須と言われるようになった。もし誰かから「藤井聡太八冠に本気で勝ちたいから、いいマシンを教えてください」と相談されたら、どれぐらいのものを薦める?

「CPUが高性能になれば、それだけ読みを深くできます。同じAI同士で戦わせても、読みのスピードが2倍ある方が、勝率は70%ぐらいに上がる。現在手に入れられるもっとも性能のよいパーツで組むのであれば少なくとも200万円は超えると思います。ただ、現在でもすでに多くの方がいい環境を整えて研究されています。ある局面での最善手を尋ねた際に、AIがほぼ同じ答えを返してくる状況ではないでしょうか。常識的にはそこで差がつくとは考えにくいようにも思われます。しかし『藤井八冠、永瀬拓矢九段、伊藤匠七段は、明らかに高いクオリティーの研究をしている』という、他の棋士の方からの声も聞きます。その3名は、全然研究の仕方が違う可能性もある。もちろんそこは『企業秘密』で教えてもらえないかもしれません(笑)。ただその3名は『いい研究ができるから強い』のではなく『もとから強いからいい研究ができる』のだと思います」

 藤井八冠の実力を構成する要素が100とするとAI研究による部分はどれぐらい?

「多くて5とか10ぐらいじゃないですかね。藤井八冠は14歳で奨励会三段だった頃までは、そもそもAIを使っていません。AIを使わなくても、おそらくトップに上り詰めていたのではないでしょうか」

 強い将棋AIの登場によって「人間は不幸になったのではないか」という声も一部では聞かれるが。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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