「合衆国vs.イッペイ・ミズハラ」と題された37ページの訴状。シェークスピア悲劇を彷彿とさせる「詐欺への伏線」と「違法賭博」の内幕がこの文書から浮かび上がる。大谷翔平選手が水原一平容疑者に約24億5千万円超をだまし取られた舞台裏を米ロサンゼルス在住のジャーナリストが読み解く。
【写真】水原容疑者がノーネクタイでズボンがずり落ちそうだった理由とは
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大金を大谷選手の銀行口座から何度も違法賭博の胴元側に送金し、それを「チーム大谷」の会計士にも気づかれなかった水原氏。それが可能だったのは、水原氏が不正にアクセスしたのが大谷選手の「チェッキング口座」だったからだ。日本の「当座預金口座」に当たるこのチェッキング口座は、デビットカードや小切手とひもづいており、光熱費や家賃の支払いなどにも使うのが普通だ。
利子がつかない口座を利用
チェッキング口座には利子が発生しない。たとえ25億円近い巨額の残高があろうと、1セントも利子がつかないのが特徴だ。
大谷選手の会計士やファイナンシャルアドバイザーらがこの口座へのアクセスを求めても、水原氏は「利子がつかないから心配ない。大谷選手はこの口座の中身を誰にも知られたくないと言っている」と突っぱねたという証言が、訴状に記されている。
もしこの口座が日本の普通口座に当たる「セイビングス口座」だったならば、利子がつく。その場合、会計士はもっと粘ったはずだ。利子にも税金がかかり、高収入の大谷選手なら利子だけで年間何万ドルにもなるだろう。利子の収入を申告漏れした場合、IRS(米・内国歳入庁)から調査が入り、最悪、懲罰を受ける可能性がある。大口の顧客相手にそんな失態をすれば、会計士は「チーム大谷」から解雇されるだろう。
だが、利子がゼロなら、会計士としても強硬に粘る理由はない。この口座は、エンゼルス球団から大谷選手の給料振り込みのためだけに使われており、給与明細さえあれば所得税の計算には事足りる。さらに、会計士との対面ミーティングの時も、水原氏は「大谷選手は体調が悪いから」と言って自身だけが参加した。言語の壁がある以上、水原氏抜きでは大谷選手に接触できなかった。
一挙手一投足をユーチューバーに撮影され、世界中に向けてその映像を流されているスター選手から「プライバシーを尊重してほしい」と頼まれれば、雇われている側は、それ以上プッシュはできない。
2018年ごろにアリゾナ州の銀行に大谷選手を連れて行き、口座開設をアシストした水原氏は、チェッキング口座の性質を最大限に利用し、プロの会計士を蚊帳の外に置くことができた。