元朝日新聞記者 稲垣えみ子

 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 突然ですが、ただいまメキシコに来ております。

 なぜメキシコかと問われれば、そもそも会社を辞めてから、海外へ行く時は「縁」に頼って行き先を決めるようになりまして、今回は近所のカフェで親しくなったメキシコ人の友達のご実家に泊めていただくことになったのだ。

 と言ってもその友達と一緒に行くわけではなく、初対面のご両親のお宅へひとりノコノコ出かけていくという、なかなかシュールな事態である。

 っていうか、よく考えたら人生初の「ホームステイ」ってやつではないか。高校時代とか憧れたんですよね。外国のお宅で家族のように暮らすなんて、世界がパッと開ける気しかしなかった。でも英語もできぬ身にはそのような機会は全くなく、とうにそんな夢も忘れたところでまさかのこのトシでそんなことになろうとは。還暦前のオバハンとしてはどのような態度でのぞめば良いのやら、ありがたくも不安のたねは尽きまじ。

 で、ただいまそのホームステイ中であります。

サボテンを料理中! 皮が硬いのでは? 苦いのでは? はてさてどうだったのか?(本人提供)

 大事なのはもちろん、ただでさえ世話になるのだから無用な負担をかけないこと……と思ってやってきたわけですが、どこまでも親切で愛に溢れたご両親と接するにつれ、イヤそうじゃないぞと目標を改めております。減点されぬようになんて小さなことを言ってたら、とてもこのでかい愛に間に合わない。私がすべきことは、ご両親に少しでも喜んで頂くことなんじゃないだろうか?

 となればご両親が一番喜ぶのは、間違いなく我が友人、ご両親の息子さんの話である。ってことでひどい英語で必死の会話。でもいいんです。言葉より内容。めちゃくちゃな英語でも相手が本当に聞きたいと思っていることは不思議に通じるんですよね。彼がいかに東京で元気に暮らしているか、人に愛されているか、仕事を頑張っているかを一生懸命話すと、ご両親はうんうんと目を輝かせて聞いてくださる。つまりは私は彼に代わって親孝行をしに来ているのだ。これこそまさかの事態である。

AERA 2024年3月11日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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