ただ、近年は都市部の住民を中心にこうした春節のあり方を嫌がり、親戚づきあいを断つ「断親(ドゥアンチン)」(ここでの「親」は親戚のこと)という言葉も生まれている。

 主たる背景にあるのは、農村部と都市部、若者層と高齢者層の価値観の深刻な断絶だ。これらは以前から存在したとはいえ、2010年代後半以降に中国社会がデジタルイノベーションを迎え、都市部の生活様式が極度に合理化・スマート化したことで、断絶がより決定的になった。都会で暮らす中国人も、ルーツをたどれば地方の農村に祖先の故郷がある人が多いのだが、もはや都市部の現役世代と、農村の高齢者層では娯楽も食生活も生活習慣も、さらにはジェンダーや子どもの権利などの人権感覚もすべてが異なっている。

 加えて、中年以上の中国人の親戚づきあいは非常に濃厚で、年単位で会っていない相手に対しても距離感がない。「まだ結婚しないのか」「家の修理にお金を出してくれ」といった口出しは序の口で、まだ幼児の娘の許婚を勝手に決めようとされたり、日本国籍を取得したことで「売国奴」とネチネチからまれたり……と、筆者の身近でもヘビーなエピソードは多い。親戚づきあい自体を忌避したくなる人の気持ちも理解できなくはない。

 近年、春節の親戚づきあいから体よく逃れる手段としてブームだったのが海外旅行だ。だが、今年は中国の不動産価格の下落で節約ムードが広がり、手控える動きが広がっている。かわりに増加したのが国内旅行で、中国の文化観光部によれば、今年の春節連休中の国内旅行者数は延べ4億7400万人に達し、コロナ禍前の水準を上回ったという。

 今年は日本でも、中国人観光客たちの春節の「爆買い」の低調が報じられた。こちらの理由は景況の悪化に加え、コロナ禍で減少した日中間の直行便の本数が現在も回復していないことや、爆買い客が多く含まれる日本旅行のツアーの催行数の少なさも関係している。近年の中国では「国家安全」の意識が高まり、公務員はもちろん国有企業の社員なども職場にパスポートを預けることが義務付けられるケースが多く、気軽に海外旅行ができない立場の人も増えた。

 めでたい春節からも、世情が垣間見えるのが現代の中国である。(ルポライター・安田峰俊)

AERA 2024年3月4日号