今日は2月22日、いわゆる猫の日だ。古今東西、猫は人を虜にしてきた。あの豊臣秀吉だって、勇猛果敢な戦国武将・伊達政宗だって、猫にはメロメロだったのだ。
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信長は猫の天敵だと紹介したが、信長の家来で天下人に昇りつめた豊臣秀吉も、「独眼竜」の異名をとって奥州に覇を唱えた伊達政宗も愛猫家だった。
豊臣秀吉、替え玉の猫に気づかず?
秀吉が太閤となっていた晩年、大坂城中で飼っていた猫が行方不明になった。虎毛の猫だったらしい。秀吉は伏見城造営の監督のため外出するので、奉行の浅野長政に猫の捜索を命じた。長政は困惑しながらも、太閤の命令だから致し方なく城中をくまなく探し回ったが、どうしても見つからない。
見つけないと秀吉の怒りを買ってしまう。さあ困った。途方に暮れた長政は苦し紛れに一計を案じた。友人で伏見城造営の奉行をしている野々口五兵衛が猫を飼っていたことを思い出し、手紙を出した。
「太閤寵愛の猫が行方不明になってしまった。捜索を命じられたが、どこにも見つからない。貴殿はたしか黒猫1匹と虎毛猫2匹を飼っていたはずだが、虎毛の美しいほうをしばらく借用させてくれないか。太閤の猫を見つけたらお返しする」
長政は大胆にも身代わり作戦を実行したのである。その後、長政が罰せられていないので、秀吉の愛猫が見つかったのか、あるいは身代わりの猫がばれなかったのかもしれない。
一方、幾度もの危機を乗り越えて波瀾万丈の生涯だった伊達政宗。天下泰平となって余生を過ごしていた頃のこと。