メイヒョン(シルヴィア・チャン)はネオン職人だった夫(サイモン・ヤム)に先立たれ、閉鎖したはずの夫の工房を訪ねる。そこには夫の弟子だという青年がいた──。かつて「100万ドルの夜景」と言われながら法改正でその9割が姿を消した香港のネオンへの憧憬と現在を映し出す「燈火(ネオン)は消えず」。脚本も務めたアナスタシア・ツァン監督に本作の見どころを聞いた。
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周りの友人や親戚に配偶者を亡くして悲しんでいる女性たちがいたことから本作のテーマを思いつきました。同時に「世界中の人に舞台が香港だと感じてもらえるものはなんだろう?」と考えていたときにバスからバチバチッと消えかけているネオンを見かけたんです。これだ!とひらめきました。
香港の人々にとってネオンは香港の象徴です。でも2010年に「安全上の理由で一定サイズのネオンを撤去する」という法律ができてから、街のネオンはどんどん取り壊されています。規定のサイズに9割のネオンが該当してしまうのです。問題はそのサイズの根拠が公表されていないことです。それに台風などで一部が破損する例はありますが、ネオンが落下して怪我人が出たという話は聞いたことがない。いまも「保存すべきだ」と抵抗している人々がいます。
ここ数年、香港映画界では法廷劇や社会の底辺に生きる人々を描いた作品が大成功を収めています。現実社会ではなかなか口に出して言えないけれど、物語のなかで自分の言いたいことを代弁してくれている気がするのだと思います。映画が社会の状況を反映することはよい現象だと感じます。
私は本作で喪失に直面した人がそれをどう乗り越えていくかを描きたかったのです。ヒロインは最愛の夫を失い、香港の街はネオンを失っていく。いまは他国に移住する人も多く、私自身も香港で暮らしていて、いつもなにかを「失っている」という気持ちになります。たぶんいまの香港人の多くが同じ気持ちだと思うんです。
映画でヒロインは若者と共同作業で夫の遺したネオンを継ぎ、新しい価値を生み出そうとします。これこそが喪失の苦しみを乗り越えるのにもっとも前向きな方法ではないかと私は信じています。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年1月22日号