当時は、髷(まげ)を他人に見られるのは最大の恥とされていた。そのため、喧嘩の際は髷を隠す烏帽子(えぼし)がねらわれたという

 右大臣・藤原師尹(もろまさ/もろただ)の従者数百人が、中納言・藤原兼家(かねいえ)の邸宅を破壊した、ということもあった。従者同士の喧嘩で師尹の従者が亡くなったことが発端だったという。こうした、喧嘩というよりも暴行・暴動のような事件も多々起きている。

 一方、女性同士では、恋敵への嫉妬からくる陰湿な嫌がらせが行われていたようだ。『源氏物語』の主人公・光源氏の母は、天皇の寝所に向かう通り道に汚物をまかれて通れなくなったり、戸を閉じて廊下に締め出されたりと、嫌がらせの末にストレスで亡くなったとされている。こうした、かなり具体的な嫌がらせの描写は、後宮で実際に起きたことをもとに描いたからではないかといわれている。

(構成 生活・文化編集部 上原千穂 永井優希/イラスト 夏江まみ)

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