『それでは釈放前教育を始めます! 10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記』竹中 功 KADOKAWA
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 できることならば、一生のうち一度も入ることなく済ませたい「刑務所」。とはいえ、その中の様子については、ちょっぴり興味がある人もいるのではないでしょうか。今回ご紹介する書籍『それでは釈放前教育を始めます! 10年100回通い詰めた全国刑務所ワチャワチャ訪問記』は、気になる刑務所の内部事情を非常に詳しく記した一冊です。

 といっても、著者の竹中 功さんは受刑者ではなく「釈放前指導導入教育員」という立場で"ムショ入り"しています。吉本興業での約35年にわたる広報マンとしての実経験を活かし、仮釈放や満期釈放で出所する前の受刑者たちに向けて「社会復帰プログラム」と題した1時間授業を4コマおこなっているのだそうです。

 そんな竹中さんの授業テーマは「コミュニケーション力をつけよう!」。「出所者が二度と刑務所に戻らないこと」「出所者が再犯で被害者を作らないこと」という目標を叶えるべく、出所後の社会生活においてコミュニケーション能力がいかに大切かという内容を伝えているそうです。

 授業の様子について読んでいると、受刑者たちの中には「共感すること」が難しい人が多いように感じられます。たとえば4コマ目の授業でおこなわれるハラスメントの講義の中で、竹中さんが「カラオケ・ハラスメントとはどのような嫌がらせか?」と尋ねた際、受刑者たちから列挙されたのが「歌が下手で聞いていられない」「知らない歌ばかり選ぶので付いていけない」といった自分目線での答えでした。

 そこで竹中さんが「人前で歌うのが恥ずかしくてイヤ」「この上司とデュエットはしたくない」(そういう人たちに無理やり歌わせる)といった意見(視点)を伝えると、みな驚いた表情になるそうです。彼らの多くは「カラオケが嫌いな人なんているわけない」という勝手な思い込みを抱いており、竹中さんはこれこそが「行動認知の歪み」だと考えます。その自覚を持ってもらうためにも、この「仮称ハラスメント・クイズ」は役に立つといいます。

 ほかにも竹中さんの授業では、コール&レスポンスの妙味を体感できる「大喜利」スタイルを取り入れたり、頓智を利かせるなぞなぞ問題を出したりと、吉本興業で学んだお笑い作りのノウハウが満載。「被害者側の観点にも立ってみるという、そんな『視点』を身につける」ためにも、コミュニケーション能力を身につけることは大切だと竹中さんは記します。

 釈放前教育の体験談のほかにも、全国の刑務所のリアルな実情についても知れる同書。「所有者ナンバーワンの本は日本地図」「網走刑務所には全国で唯一の『肉牛』育成施設がある」「まじめに過ごしている収容者にはおかしが与えられる」......などなど、皆さんが初めて知ることも多いかもしれません。簡単には見ることができない塀の向こう側を、皆さんも同書でのぞいてみてはいかがでしょうか。

[文・鷺ノ宮やよい]