
イランの国境近くを進む一台の車。長男が無言でハンドルを握る中、足を怪我した父は小言を言い、母は流行歌を口ずさみ、幼い次男は大はしゃぎ。一体、彼らはどこへ向かうのか……。4人家族と犬1匹の楽しい旅物語かと思ったら、ロードムービーの体をとりイラン社会の現実と希望を描く「君は行く先を知らない」。脚本も務めたパナー・パナヒ監督に見どころを聞いた。

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今のイランには希望がありません。若者のほとんどは将来に希望がないと思っていますし、できることなら海外へ出たいと考えている。この映画は友人や家族に起きた出来事をヒントにしていますが、(外国への密入国は)決して特別なことではないのです。


イランで映画を作る時は、当然当局に脚本を提出しなければなりません。僕は本作を撮るために、全く異なる脚本を出して許可をもらいました。正確に言うと、最初は実際の脚本を出したんです。でも、当局から五つのダメ出しがありました。それは、1、終わり方がはっきりしない。2、タメ口を使う家族関係は良くない。3、タバコを吸いすぎる。4、父と息子の関係が誇張され過ぎている。5、ラストが見ている人に良いメッセージを与えない、というものでした。そこで偽の脚本は、家族で田舎へ行き長男が土地を買って村の娘と恋に落ちて結婚。村の人たちに仕事ができるような環境を整えて幸せに暮らしました、という話にしたのです。撮影場所は実際に使われている密航ルートですが人の少ないところでしたし、当局からの圧力はありませんでした。

こうした当局からの指導はイランの映画人ならよくあることです。でも、これは利点にもなる。いろんな規制があるからこそ、映画を作るために新しい表現方法を考えます。今回の僕にとって音楽がまさにそれでした。歌詞を通して主人公の気持ちを観客に映したかった。それと、イランでは家族が互いの気持ちを100%伝え合うわけではないので、誰もが知る歌なら伝えられるのでは、と考えました。使用曲はイラン革命前の誰もがよく知るヒット曲。しかも、歌手たちはみな革命後に海外へ逃れています。映画の内容とばっちり共鳴しているんですよ。
(取材/文・坂口さゆり)
※AERA 2023年8月28日号