哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 大阪・関西万博の海外パビリオン建設が遅れている。パビリオンの「基本設計書」を万博協会に提出した国は参加予定約50カ国のうち9カ国。建設申請にまで進んだ国はようやく韓国1国。協会はパビリオンの設計が遅れている国については手続きや施工を支援し、場合によっては協会がパビリオンを建設し、代金は事後請求という案も出されている。国内のパビリオンでも工事入札が成立しないケースが相次いでいる。日本政府が出展する「日本館」も入札が成立せず、随意契約に切り替えられた。

 入札者がいないのは、資材の高騰と人手不足と工期の短さという負の条件が揃い過ぎているせいである。そもそも人工島である夢洲はまだ土地整備が済んでおらず、交通アクセスが悪く、電力供給にも不安がある。

 ゼネコンにしても「別にリスクを負ってまで万博に付き合う義理はない」と考えているのだろうと思う。そして、彼らを責める資格は協会にはないと私は思う。そもそも大阪万博招致の最大の目的は「金儲け」だったからである。

 招致時点で、大阪府の試算で、万博の経済波及効果は2兆3千億円。関連イベントや観光客増大などの間接的な誘発効果が4兆1千億円、まとめて6兆4千億円が転がり込むと大阪府は豪語していた。別に大阪から世界に向けて発信したい特別なメッセージがあったわけではない。「万博をすれば金になる」と言って射幸心を煽ったのである。だから、関西財界も最初から

「金になるなら協力する(ならないならしない)」というかなりクールな対応だった。事実、開催が迫ってきて、「どうも思ったほど金にならないようだ」と思われたところで見切りをつけた。そういうことではないかと思う。

 むろん大阪万博は赤字でも、プレハブ造りでも開催されるだろう。金はずいぶん食ったが見た目は「しょぼい」というものになると思う。6兆円の経済波及効果についてはもう誰も口にしないだろうし、万博招致を言い出した人たちは蜘蛛の子を散らすように姿をかき消しているだろう。そもそも最後まで責任を取る覚悟の人間がいれば「こんな事態」にはなっていない。

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

AERA 2023年8月14-21日合併号