ロシアによる軍事攻撃の悲惨さをたとえ一時でも忘れてほしい。ウクライナの首都キーウでは、そんな願いを込めてウクライナ国立バレエ(旧キエフ・バレエ)が劇場公演を続けている。陰ひなたでその活動を支える日本人たちがいて、ウクライナバレエの伝統の灯は消えていない。それだけにウクライナのダンサーたちは日本公演に大きな喜びを感じるという。プリマ・バレリーナのオリガ・ゴリッツァさんが、21日から始まる日本公演を前に、取材に応じた。(岡野直)
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「41発のミサイルがウクライナに撃ち込まれ、キーウで3人が亡くなりました。昨夜は眠れませんでした」
オンライン取材に応じたオリガ・ゴリッツァさんは顔色がすぐれなかった。ロシアの攻撃で睡眠が十分とれないという。それでも土日も休まず稽古を続ける。まもなく熊本市を皮切りに、15都市での日本公演が始まるからだ。
ウクライナ国立バレエの来日公演は、コロナ禍以前は定例化していた。年末年始、日本各地で公演し、ほぼ毎年、正月を日本で迎えてきた。なぜ日本を重視するのか――。そんな質問を、ウクライナ人ジャーナリストが、オリガさんに対し投げかけた。地元テレビのインタビュー番組だった。
「パリやイタリアなら分かるのですが、東京が(ウクライナにとって)バレエの『メッカ』になっている理由は何ですか?」
オリガさんは訂正した。
「東京だけではなく、日本全体ですよ」
オリガさんが「日本はバレエの『メッカ』」と述べた真意を、筆者はオリガさんに尋ねた。「日本の観客は他の国に比べても、バレエを深く愛し、目が肥えています。踊りの最中の拍手も、タイミングがずれることが日本ではない。『日本の公演での成功は、良い踊り手だという証明書』と、私たちは仲間と話しています」
日本バレエ協会事務局によると、日本は世界で5本の指に入る「バレエ大国」だという。海外の主だった一流バレエ団のほとんどで主役級の日本人ダンサーが活躍しており、また、日本国内でバレエを学ぶ人も数多いという。