「ウクライナのバレエは、『心の豊かさ』や『内面』を重視するのが特徴です。技術の確かさはもちろん必要。それ以外に、ダンサーの身体の内部がそうした豊さに満ちていないとお客さんに感動は伝わりません。悲劇的バレエなら観客は涙を流す。楽しいバレエなら観客は笑みを浮かべる。そういうバレエを私たちは目指している。だから、俳優的な内面的要素もたくさん練習します」

そして迎えた昨年12月の日本公演。オリガさんには「完全復活」の舞台となった。
日本で踊った『ドン・キホーテ』は陽気でユーモラス。オリガさんは6回、主役を務めた。踊り終わった後、客席から「温かさ」がオリガさんの身体に伝わってきたという。
「痛みをこらえて踊ってきたのは、この瞬間のためだったと思いました」
オリガさんは自信を取り戻し、ダンサーを続けられるかどうかという不安を払しょくする契機ともなった。さらに、日本公演から戻り母国で続けたリハビリで、急速に足は回復した。
「通常より数倍の速さで良くなりました。日本の観客から受けた愛情が支えになった、と思っています」

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観客だけではなく、オリガさんには恩義を感じている日本人がいる。昨年末、ウクライナ国立バレエの芸術監督に就任した寺田宜弘さんだ。寺田さんは11歳でウクライナに渡ってバレエを勉強。キーウに36年在住し、一貫して同バレエ団でダンサーや指導者を務めてきた。
オリガさんは、新芸術監督となった寺田さんについてこう話した。
「ノブヒロ(新監督)は、戦争中の今、ダンサーの声を良く聞き『安心感』を醸し出してくれる。バレエ団の雰囲気はとても家族的です。さらに、新しい作品にも挑ませてくれるのが刺激的です」
実は、ウクライナ政府の方針もあり、敵国となったロシアのチャイコフスキー作品が上演できなくなった。『白鳥の湖』、『くるみ割り人形』といった名作である。
ウクライナ国立バレエは、日本の幕末に当たる1867年の創立。「古典バレエに強い」という評価も専門家の間にはあるが、現代的なレパートリーも増やそうと寺田さんは決心。救いの手を差し伸べたのが、ドイツの世界的振付家、ノイマイヤー氏だった。1990年代に同氏が創作した抽象的なバレエ「スプリング・アンド・フォール」に、同バレエ団のために提供してくれた。