タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
【写真】吉野ケ里遺跡で、新たに発見された石棺墓の蓋の開口作業が行われた
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佐賀県の吉野ケ里遺跡で、石棺の蓋(ふた)が開けられました。未発掘のエリアで、土の中から大きな石棺の蓋が現れたのです。弥生時代後期の有力者の墓ではないかと期待されています。6月5日、報道陣が見守る中で石棺の蓋が取り除かれると、流れ込んだ大量の土砂の隙間にわずかに覗く赤い顔料が見えました。専門家は、弥生時代後期の有力者の墓には赤い顔料が塗られていることが多いと指摘しています。私もテレビ画面に齧(かじ)り付いてその映像を見ました。現在も土砂を取り除く作業が続いています。棺の中に人骨が残っているのか、剣や鏡などの副葬品が見つかるのか、そしてもしそれらが発見されたら、被葬者は一体どのような人物だったのか……と今たくさんの歴史好きの人々が胸ときめかせているはずです。
吉野ケ里遺跡は邪馬台国の遺構ではないかと考える人たちもいます。この墓がその決定的な決め手になるかもしれないと大いに期待しているでしょう。他にも奈良県桜井市の纏向(まきむく)遺跡が邪馬台国だったとする説もあります。私は飛鳥時代やそれに先立つ時代に生きていた人たちに関心があり、纏向遺跡のすぐそばの三輪山の麓にある箸墓(はしはか)古墳を650分の1のサイズで忠実に再現したクッションも持っているのですが、歴史に詳しいわけではありません。職場の噂話ですら、半日で盛られてしまうもの。長い年月を経て残っている記録や言い伝えは客観的事実を幾許(いくばく)か含んでいることは確かでしょうし、伝承された物語の信憑性(しんぴょうせい)を検証するのは重要なことですが、個人的にはそれ以上に、その物語を残そうとした人々の思惑や、その物語を本当だと信じた人たちの心の動きに関心があります。それはまさに今の考古学ファンたちの心理も同じ。生きるには物語が必要です。形に残らないものこそが、古代の人々と私たちをつないでいるのですね。
◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。
※AERA 2023年6月19日号