
ウクライナ侵攻の理由は「NATOの東方拡大にあった」という議論があります。私はそうは思いません。NATO拡大とは関係なく、プーチンはウクライナ侵攻をしていたでしょう。冷戦終結直後の1990年2月9日、当時のベーカー米国務長官はロシア側に「NATOは1インチたりとも東方に拡大しない」と発言したと言われていますが、ベーカー氏がこのとき即座に発した“not one inch”(1インチたりとも)というフレーズは公式な発言ではありません。これについては、メアリー・エリス・サロッティが書いた“NOT ONE INCH”(Yale University Press)という素晴らしい本があります。約束は破られていないことが記されています。
90年代、NATO拡大に対する米ロ間の様々な取り組みがあり、クリントンとエリツィンは何回か話し合っています。その狙いはNATOとロシアの関係を密接にすることでした。ロシア高官はブリュッセルのNATO本部に招かれましたが、プーチンが政権の座に就くと次第に関係は悪化した。それは前述のプーチンの思想にあります。
「ソ連崩壊後、なぜワルシャワ条約機構が消滅した後もNATOは存在し、拡大し続けたのか」。そうした問いがあります。けれどもNATOが消滅したと想像してください。そのうえで、中央ヨーロッパに安定があったのか考えてほしいと思います。当時、ハンガリー、チェコなど中欧諸国は弱体化していました。国内の対立だけでなく、外部からの干渉が起こる危険性が常にありました。NATOの東方拡大計画は、中央ヨーロッパに安定を作り出すことだったと思います。その最初の取り組みとして、クリントンとエリツィンが話し合い、エリツィンは大枠でその考えに賛同しました。
2008年、NATOはブカレストでの首脳会議で、ウクライナとジョージアを「いずれ加盟国に加える」とする宣言を採択しました。しかし今から思うと、このブカレスト宣言は間違いだったと思います。当初からそんなことが可能なのか懐疑的な声もあり、ブッシュ(子)政権下でジョージア紛争が起きるなど危機はさらに拡大しました。ウクライナ侵攻が始まった22年時点でウクライナがNATOに加盟する兆候がなかったことは明白でしょう。
(構成/国際ジャーナリスト・大野和基)
※AERA 2023年6月5日号より抜粋