<ライブレポート>椎名林檎、一大スペクタクル音楽絵巻を実演
<ライブレポート>椎名林檎、一大スペクタクル音楽絵巻を実演

 デビュー25周年を迎えた椎名林檎が、2月から5月にかけて【椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常】を開催した。本稿では5月9日の模様をお伝えする。

 閏年の閏日だったからはっきりと覚えている。閏年に“再生”した東京事変の全国ツアー【東京事変Live Tour 2O2O ニュースフラッシュ】は、2020年2月29日と3月1日の東京国際フォーラム ホールAでの公演をもって中止が決定。入場時に手を消毒し、マスク着用での観覧となった。そして世界中のライブやコンサート、ミュージカルや演劇の舞台、イベントなどが延期や中止を余儀なくされた。やがて、無観客の配信ライブが主流となり、続いて、キャパシティーを半分に制限された興行が始まり、フルキャパシティーながら声出しを禁じられた日々を経て、ようやく、マスク着用での声出しが解禁となった。

 そして、約3年後となる2023年5月9日と10日の2日間にわたり、椎名林檎は東京国際フォーラム ホールAのステージに立った。1日目のアンコールのMCで観客に向けて「やはりこちらでお目にかかれるのは格別ですね」と笑みを湛えて語りかけた言葉にはしみじみと心に感じ入るものがあった。

 ただ、感慨に浸ったのはその一瞬だけで、“こちら”が“国際フォーラム”であることを忘れるほど没入感の高い音楽ライブであり、ランウェイ・ミュージカルであり、映像エンターテインメント・ショーであった。

 ソロ名義では、2018年11月に行われた【(生)林檎博’18 -不惑の余裕-】以来、実に5年ぶりとなる全国11か所22公演にわたるライブツアー【椎名林檎と彼奴等と知る諸行無常】。<MANGAPHONICS>と名付けられたバンドメンバーは、お馴染みの名越由貴夫(ギター)に、ジャズ界隈から鳥越啓介(ベース)、林正樹(ピアノ/キーボード)、石若駿(ドラム)、佐藤芳明(アコーディオン)を迎え、ほぼ全編にわたってシームレスで繋いだ一大スペクタクル音楽絵巻を実演。衣裳は古着やデッドストックのリメイクが特徴の1つでもあるファッションブランド「keisuke kanda」のデザイナー、神田恵介との初タッグで、映像にはSIS、Bambi、Daokoらが出演した。

 開演前のステージには大きな聖十字旗のような幕が垂らされており、会場が暗転すると黒地に白い十字が浮かび上がり、幕越しに深く息を吸った椎名が「あの世の門」を英語詞で歌い始めた。ブルガリアのCosmic Voicesによる讃美歌のようなコーラスに続いて、アコーディオンとピアノ、ベースが加わると落雷のように光が点滅し始め、深い闇が訪れるとともに、ゆっくりと幕が開き、ライナーが袈裟のようになっている手縫いのモッズコートを羽織った椎名がお目見えすると万雷の拍手が送られた。テレビアニメ『昭和元禄落語心中』で、愛を求め続けながらも非業の死を遂げた“みよ吉”を演じた林原めぐみに提供した「我れは梔子(くちなし)」で<我は口、無しで良い>と語り、「どん底まで」では<あなたが居ない人生は><何も見えない何も聴こえない>と歌いながら身体をゆらゆらと前後左右に揺らした。口、目、耳を奪われ、人ならざるものとなった女性があの世、彼岸、黄泉の国からこの世、此岸、地上へと戻ってきた過程が描かれていたように感じた。

 「カリソメ乙女」のイントロでモッズコートを脱ぎ捨て、モヘアセーターにオートクチュールのランジェリーという刺激的な姿で浄土から俗世へと到着。ステージ全面を覆う巨大なスクリーンにはイントレの上で踊るSISが映し出されていたが、最初は実際にイントレが組まれ、その場で二人が踊っていると感じるくらい立体的な映像となっていた。<ゎ 04-17>ナンバーのピンクの車が都心から樹海へと向かう映像が流れたエレクトロファンク「走れゎナンバー」、その車と入れ違いで飛行機が空へと飛び立ったリミックスバージョンの「JL005便で」。そして、高畑充希主演の舞台『宝飾時計』のテーマ曲として書き下ろした「青春の続き」と、ここからは、車と飛行機、生と死、大人と子供、主観と俯瞰、期待と絶望、欲望と無我、意識と身体、神と仏、過去と未来、現実と夢……など、異なる要素の間で揺れ動き、混在していく時間が設けられていた。

 また、ウッドベースの弓弾きから指弾き、縦弾きのエレキベースと、1曲ごとに楽器を変えていた鳥越がヘヴィーメタルのロックバンドのようなローポジションでエレキベースを鳴らした東京事変の「酒と下戸」をはじめ、熱く激しく刺激的なバンドアンサンブルとインプロビゼーションによるソロ演奏、一瞬たりとも目を離せない演出や効果の充実度も見逃せない。ハードなエレクトロ・ナンバーでスクリーンに巨大なDaokoが登場した「意識」、オルタナティブ・ロックとパンクジャズがラウドに融合し、椎名もダンサーとともに踊った「神様、仏様」を経て、ステージにひざまずいたまま歌唱した「TOKYO」で夢から覚めると、相反する二者が鎮座するという物事の本質へと辿り着いた。林檎の太極図マークから着想を得たという白と黒、陰と陽を合わせた<百徳着物>で英語詞のジャズナンバー「天国へようこそ」を歌い上げた椎名は、手を振りながら白い煙の中へと消えていった。

 仏教で人間の悪や苦の根源であると言われている三つの煩悩——貪・瞋・痴をモチーフにした「鶏と蛇と豚」では、AYA SATOが一人三役を演じたミュージック・ビデオの映像に合わせてバンドがプレイし、続く「同じ夜」は椎名がピアノの弾き語りで力強くも優しく歌唱。ソロとしては最新となる6枚目のアルバム『三毒史』のオープニングナンバーとデビューアルバム『無罪モラトリアム』の収録曲で、過去、現在、未来を繋いでみせた。

 ステージの中央には、怒りと喜び、善意と悪意、喜怒哀楽の全てを含有するタフさを持って、愛と自由と人間の尊厳をかけて戦う女性が立っていた。ボクシンググローブを填め、チャンピオンベルトとマントを身に纏った彼女は、「人生は夢だらけ」で迸る情熱を迫力満載のロングトーンに乗せて天高く響かせると、東京事変「仏だけ徒歩」ではラテンビートで涅槃(ニルヴァーナ)を夢見、「初めて江戸弁の猫という口調で詞曲を書きました」と説明した新曲「私は猫の目」をBambiが白猫に扮して踊る映像とともに披露すると熱狂の渦が巻き起こり、「公然の秘密」はフロアが揺れるほどの盛り上がりとなった。

 ここでステージ上方から窓が降り、ステージ上には扉と椅子が置かれた。闘いを終え、扉を開いて自分の部屋に戻ってきた彼女は、ベビーブルーのパジャマ姿へと着替えていた。「女の子は誰でも」はビジューが散りばめられた枕を抱きながらピアノの伴奏のみで歌い、軽やかな口笛も鳴らし、バングルスをカバーした「胸いっぱいの愛」ではエレクトリックピアノを基調にロマンティックでドリーミーなムードで会場を満たした。そして、自身の密やかな言葉を記した紙飛行機を客席に向けて投げると、ここではないどこかへと向かっていった。

 再び姿を現した彼女は、熊手のようなものを被っていた。これはハレとケの切り替えである祭りの始まりの合図であろう。諸行無常を生きる哲学とした「いろはにほへと」から、林原めぐみに提供した「命の息吹き」では愛しい人との出会いを綴り、アニメ『おじゃる丸』の「いとをかし」では故郷や父と母への追憶に耽りながらバンドメンバーを紹介。長寿手旗とともに<OTKatsuセット>として販売された長寿眼鏡ことホロスペックメガネの着用が促された「長く短い祭」では大輪の花火を打ち上げ、東京事変「緑酒」で観客と盛大に乾杯。そのままなだれ込んだラストナンバー「NIPPON」では観客が一体となって手旗を振る中で、椎名は風に吹かれながらエレキギターをかき鳴らして、“今、この瞬間”の生命の輝きを強烈に刻みつけ、銀テープが舞い落ちた場内にピックを投げて颯爽とステージを後にした。

 アンコールでは「多かれ少なかれ、この数年は皆さんストレスフルだったと思うんですけれども、だからこそ、そんな日々を経て、どんな曲で逢瀬を楽しめるか、非常に悩みました。空回りしている点もあったと思います。次回はぜひ、平常運転の90分尺でさくっとお目にかかりたいです。今日は長い時間ありがとうございました。」と語り、ホイッスルを鳴らした。東京事変「母国情緒」では猫の目になって幸せの行進を繰り広げると、帽子を脱いで敬意を表した。最後に「ありあまる富」で、どんな時代においても、限りある命のなかで、何にも邪魔されずに自由に幸せを追求するのがあるべき人生だというメッセージを轟音とともに残して幕が降りると、「シドと白昼夢」のAll Things Must Pass Mixがエンディングに流れ、絶え間なく変容し続ける生き物である私たち観客は皆、「諸行無常」を手に入れた。

Text by Atsuo Nagahori
Photos by 太田好治