脊髄(せきずい)損傷で首から下が麻痺した科学捜査官、リンカーン・ライム。ジェフリー・ディーヴァー『ゴースト・スナイパー』は、人気シリーズの第10作だ。この本で安楽椅子探偵ならぬ車椅子探偵の彼が戦うのは、なんとアメリカ政府の諜報機関。
若い地方検事補がライムのもとに持ち込んだのは、諜報機関の狙撃手が無実のアメリカ市民を殺したという案件だ。反米主義を唱える男を、テロリストだとでっち上げて暗殺したらしい。
敵が政府というのも難物だが、それ以上に難しいのは現場がアメリカ国外であること。男が殺されたのはバハマの高級リゾートホテルで、狙撃者は2000メートルも離れたところから撃ったらしい。
現場に残されたごくわずかな物証を科学的に分析して、真犯人をつきとめ、事件の意外な真相に迫るのがこのシリーズの醍醐味だ。ライムのスタッフが証拠を集め、ライムは見て考えて謎を解く。しかし遠く離れたバハマでは証拠集めもままならず……と思ったら、なんとライム、飛行機に乗ってバハマまで行く。もちろん電動車椅子ごと。そのため絶体絶命の危機に陥る。物語はハラハラどきどきの連続で、500ページ近くを一気に読ませる。結末近くには何度もどんでんがえしがある。娯楽作品としてもよくできているが、たとえば若い検事補と諜報機関幹部の対決シーンにグッとくる。
「この国の価値観やあり方に疑問を抱く自由」が「この国を支えている」のだ、と若い検事補は堂々と言い、「アメリカ合衆国は法で成り立っているの。人間ではなく」と言う。それに対して諜報機関幹部は「それを言うなら“法による統治”だろう」と言い返し、「現実はそう単純にはいかない」とオヤジくさい言い逃れ。若い検事補は少しも怯むことなくイングランドの法学者ブラックストンの言葉を引用する。「10人の罪人を逃がすほうが、一人の冤罪を出すよりまし」と。日本の検察の入り口にも、この言葉を貼っておけ。
※週刊朝日 2014年11月28日号