ゲノムがすべてわかっても、人間のすべてがわかるわけではない。研究室の枠を超えて社会、哲学、アートなど広い視点から生命活動を探る生命誌研究、その第一人者が日常から見えるさまざまな「生きている」を語る。
 農村の環境整備からダンスの舞台制作まで、驚くほど多彩な活動の中で興味深いのは子供たちとの交流だ。小学生には難しいとされる生物学的テーマでも彼らは真剣に聞き、深く考え始める。難しいかどうかなどまるで関係がない。注目すべきは10歳という年齢。日本語と英語を両方問題なく使えるようになるのも、芸術を素直な感性で受け止められるのも10歳。これより数歳前でも後でもだめなのだという。
 一方、日本の科学者たちは資金獲得に汲々とし、研究プロジェクトの目標すら抽象的な一般論ばかり。人間は未来に向けどう生きるべきかという具体的ビジョンがない、と嘆く。
 名詞でなく動詞で考えると発見がある、とも書いている。「生命」ではなく「生きている」と聞けばなるほど、思考が一気に広がる。何が、どこで、どのように。脳がガシガシ動き出す感覚が楽しくもうれしい。

週刊朝日 2014年3月28日号

[AERA最新号はこちら]