バツイチ、子なし、フリーのライター・編集者として東京でひとり暮らしをしながら充実した日々を送っていた藤原 綾さん。しかし40歳を過ぎ、徐々に体力の衰えとともにローンを抱えたマンション生活や隣人関係の希薄さに不安を感じ始めます。さらにコロナ渦で混沌とした日々を送るうちに、「今、私はこの目黒のマンションで突然死したとき、誰が最初に気づくのかなあ」と、著書『女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住』にその思いを綴っています。
また、生まれも育ちも東京の藤原さんは、昔に比べて東京の地域共同体が崩れているとともに、街がどんどんと画一化して魅力がなくなっていることも気になっていたといいます。「私が居心地よくいられる東京は、将来にあるのだろうか」「ひとりで生きていく私には、もしかしたら地域社会が必要なのではないか」(同書より)と考えるうちに、次第にどこに移住するかを考え始めるようになっていきました。
どんな生活がしたいかを思いつくままに書き出してみた中で、出てきた言葉のひとつが「硫黄泉」でした。温泉が大好きで全国各地を巡ってきた藤原さんは、これを軸に考えてみることにします。すると、ある程度近しい親戚が住んでいて、名湯・霧島温泉がある鹿児島県が移住先の候補として急浮上してきました。そしてネットの物件情報サイトで鹿児島の家探しをおこなううちに、ついに出会ってしまったのです、運命を感じる物件に......!
こうして鹿児島県霧島市にある中古の一軒家を購入した藤原さん。慣れない車の運転に苦労したり、仕事のために東京と鹿児島を往復したりと大変なことはあるものの、大好きな温泉や自然、新鮮な食べ物がすぐ近くにある生活は何より贅沢に感じられるそうで、これまでよりも確実に豊かになっていると言います。
「毎日、美味しいものをお腹いっぱい食べて、楽しく働いて、ぐっすり眠る。豊かさとはこういうことだと思っていますが、なぜか多くの東京人は、食事を適当に済ませて、仕事でストレスを抱え、睡眠不足に悩まされているように見えます。それと引き換えに得られるお金で手に入れるものは、本当に自分を幸せにしてくれるものなのか、よくわからないのでした」(同書より)
女性ひとりで地方に移住したと聞くと、「孤独で寂しい人」という印象を持つ人もいるかもしれません。けれど、藤原さんは孤独を感じることはほぼなく、「結局、孤独というのは、気持ちの距離であって、物質的な距離の問題ではない」(同書より)と言います。誰かと一緒に暮らしていても孤独を感じる人もいれば、ひとりでも生きる楽しみがあって心豊かに暮らせる人もいます。同書は一貫して「本当の豊かさとは何か、幸せとは何か」を「住」の視点から追求する一冊でもあります。
生き方や働き方が多様化する今の時代、住み方だってさまざまな選択肢があってよいのかもしれません。その中で、40数年生きてきた都会から遠く離れた地方で新たな暮らしをスタートさせた藤原さんのリアルなルポは、移住を考えている人にとっても人生後半戦を見つめ直す人にとっても参考になるところがあるのではないでしょうか。
[文・鷺ノ宮やよい]