「秘境駅」とは、鉄道の駅でありながら、駅を出てもそこに人家も道もない、というような「存在価値は奈辺(なへん)に?」と思わせる駅のことをいう。この秘境駅を世に知らしめたのが鉄道ファンの牛山さんという人で、文庫で出た秘境駅シリーズは、鉄道に興味もないのに夢中で読んでしまった。
いっとき、赤瀬川原平の「トマソン」(美しく保存された無用の長物的ひさしや塀や階段など)が面白がられたが、秘境駅もそれと似たものかもしれない。トマソンは無用物であり、秘境駅は「ちゃんと使われている」という大きな違いはあるものの。たとえば、一日に一本も列車が停車しない駅で駅員が改札口に座っている場合はトマソン駅になるかもしれないが、このご時世、そういうノンビリした物件は生き残れないだろう。
この本は、「秘境駅シリーズ」の続編であるようだ。ただし、狭い日本に秘境駅が無限に湧いてくるわけはないので、文庫で紹介されていた「超弩級の秘境駅」のようなものは出てこない。でも、そこは「ちょっと興味深い秘境駅」が、自分のうちから2時間ぐらいで行けるとしたら、こんどの休みはそこに家族で、と考える人も出てきそうだ。そこで、今回はもう一人共著者として西本さんという鉄道ライターが入り、「秘境駅までの旅行プラン」を提案している。私などはただ、秘境駅の存在を文章と写真で楽しむだけだが、行ってみたいと思う鉄道ファンや旅行愛好家がいるだろうから、これはいい方法かもしれない。ただ、近辺に何もないことを喜べる人ならいいが、そうでない人を連れていったりすると紛争になりそうである。
本書の中で「誰もいない入り江の奥にある」秘境駅として、「東京からも十分日帰り可能」な三陸鉄道北リアス線・白井海岸駅が紹介されている。おお、今、旬の、三陸海岸! しかし紹介文の中には「あまちゃん」の「あ」の字も出てきやしないという、そのストイックさ。鉄道ファンの心意気を見た思いがした。
※週刊朝日 2013年11月22日号