娘が中学生になった。
人一倍人見知りな彼女は、新しい環境に慣れるまでに時間がかかる。緊張しやすく、自分から話しかけるということがなかなかできないのだ。
娘は電車で通う少し遠くの中学に進学したため、小学校からの友達もひとりもいない。でもまあ友達づくりはなんとかなるはず。何より心配なのは先生との関係だった。
小学校では、担任の先生が変わった時には、なんと1学期が終わる頃までほとんど会話をしなかったという。何か先生に話しかけられても頷くか、首を横に振るかどちらかしかアクションをしなかったらしい。
「せめて、挨拶くらいしたらいいのに……」
と親として気を揉んだが、彼女は決してマナー知らずなのではない。人と接するときに必要以上に緊張してしまうのだ。これは叱って治るようなものではない。自然に彼女のかたくなな心が溶けてくるのを待つしかない気がした。
担任の先生には、入学時に渡す生徒状況連絡に、「緊張して1学期中はなかなか話もできないかと思いますがどうぞよろしくお願いいたします」とも書き、親としてはできるかぎりのフォローをしたつもりだった。
しかし娘は、入学2日目に、なんと自ら担任の先生に話しかけたという。それは筆箱のためだった。
娘の筆箱はクマのぬいぐるみのお腹にチャックがついているような、ちょっと変わったものだ。学校が何というか分からないから普通の筆箱にしなさいと私は言ったのだけど、どうしてもこれを持っていくといってきかない。
実はこの筆箱、この中学の昨年の文化祭でのバザーで300円で買ったものなのだ。娘はこの筆箱を使いながら中学入試のつらさを乗り越えた。いつかこのクマと共に、あの中学に戻るんだ、という希望と共に……。
胸の中の熱い思いは引っ込み思案の娘に勇気を与えた。休み時間に担任の先生のところに自ら歩み寄り、
「この筆箱を使ってもいいですか」
と尋ねたのだ。
先生は一瞬考えたそうだけれど、すぐに、にっこりと、
「いいですよ!」
と快諾してくださったという。
かくして娘はちょっとくたびれたその筆箱を学校鞄に入れ、毎日元気良く一緒に登校している。